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YOU CAN RUN ! の秘密 ~最終回~

私には1度の出産経験と4度の妊娠経験があります。

幸いにも、4度目の妊娠では、
久々に胎児の心拍を確認することができました。
ようやく今週、まずはひと安心といわれる
12週を迎えます。

けれど、なんせ今までが今までですから、
まだ楽観はしていないというのが本音のところです。
少し脇腹が痛むたびに、
もしかして、と不安に苛まれる毎日です。

前の流産の週数を一日一日過ぎていくごとに、
前よりは先に進んでいることを
とりあえず嬉しく思う、というよりは、
育てなかった子どもたちのことを思い出して
過去を振り返ることが多くなりました。

久々に、自分の体内でもうひとつの心臓が
脈打っている映像を目の当たりにしながら、
喜ぶというよりはむしろ、
これまでの道のりにあったさまざまな出来事を
つぶさに思い出しました。

育つことのできなかった子どもと、
受精できなかったたくさんの卵たちのことを
私自身が忘れてしまわないために、
この長い文章を書き綴りました。


私には1度の出産経験と4度の妊娠経験があります。

最初の子どもが、私自身の努力なしには
存在しなかった子どもであることと、

少子化といわれる時代にあって、
平均出生率の倍となる妊娠を経験したことは、
一生自分自身の誇りにしていきたいと思っています。

結果ではなく、
走り続けてきた自分の足跡を、
自分自身に誇ってあげたいと思うのです。


今回の妊娠がうまくいくのかどうか、
まだわかりません。
先へ進めば進むほど、
もしだめになったら痛手も大きいだろうなあ、
あまり名前とか、出産後の準備とか、
先のことは考えすぎないように気をつけよう
などと自己防衛しながら、
それでも一応、今日も走り続けています。

結婚7年目、不妊治療4年目に第一子を出産、
その後2度の流産を繰り返し、
結婚10年目にして4度目の妊娠中。

不妊、不育と闘ってらっしゃる方のなかでは、
おそらく、かなり運のいい数字なのだと思います。

今日も走り続けているたくさんの女性に、
なんとか尊敬の思いを伝えたいと思うのですが、
うまく言葉になりません。

このつたない文章が、
走り続ける偉大な女性たちへのエールとなれば幸いです。


思いのほか長い打ち明け話になりましたが、
明日からはまたお気楽ブログに戻るつもりです。


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YOU CAN RUN ! の秘密 ~その12~

私には1度の出産経験と4度の妊娠経験があります。

4度目の妊娠については、肉体的にも精神的にも
かなり不安に感じるところがありました。

2回連続しての流産の後、今後のことを相談したところ、
先生の判断としては、1度正常に分娩しているのだし、
検査した範囲では異常も見つからなかった、
もしもう一度だめだったら
不育について疑ってみましょう、とのことでした。

実際、1度流産した人が次も流産する確率と
2度流産した人が次も流産する確率というのは、
それほど高くはないのだそうです。

それに比べて、3度流産した人が次も流産する確率は
格段に高くなる・・・

私自身の気持ちとしては、
不妊期間が長かったうえに
妊娠するようになったと思ったら流産の繰り返し、
これになんの理由もないはずがないじゃないか、
というのが正直なところでしたが、
不育症の検査をするには、
また別の病院に移らなくてはなりません。
別の病院に通いなおす時間的余裕と精神的余裕が
あるかといえば難しいものがありますので、

まずはもう一度挑戦してみよう。
3度不幸が続けば、それは必然になる。
そうなってから、またそれからのことを考えよう。

そう、思いました。

前回の流産の後、また2ヶ月もしないうちに生理が復活、
3度の生理を見送り、妊娠を試みたところ、
再び半年後に妊娠反応が現れました。

不思議なものです。

不妊治療中はあれだけ力を尽くしても
妊娠しなかったというのに、1回出産した後は、
通院しているわけでもないのに、
ほとんど2回に1回の確率で妊娠が成功しています。
長年培ってきたタイミング療法の知識が
皮肉なくらいに功を奏します。

先生に理由を聞いたところ、

「そうですね、不思議と
一度出産してから妊娠しやすくなったって
いう方はけっこういらっしゃいますね~」

とのこと。

いえ先生、そういうことじゃなくて、
私がお聞きしたいのは科学的裏づけなんですけれど、
と長年の恩も忘れて先生をどつきたくなる思いでした。

できる時にはこんなに簡単にできるんだ。
これじゃあ、簡単にできた人が、
簡単に「赤ちゃんはまだ?」
と口にしたりするのも無理はない、
とヘンに苦々しく納得したりしました。


「期待しないように」

「期待しないように」


今回も、そう念じながらの受診です。

正直、今回の診断はとてもこわかった。

3度不幸が続けば、それは必然になる。
そうなってから、またそれからのことを考えよう。


それからって?
それから、どうするの?


それからのことについては、
肉体的にも精神的にも
かなり不安に感じるところがありました。

医師からは
ストップをかけられることはなかったけれど、
こんなふうに半年おきに掻爬手術を受けていたら
なにかしら体に悪影響を及ぼすのではないか。

精神的には、自分自身、
けっこうタフな方だと考えています。

けれど、タフだと自負しているような人にかぎって
壊れる時は一気に壊れてしまう、なんて
聞きかじった心理学の一説が頭に渦巻いたりします。

3度の不幸の後、私はまだ走ることができるだろうか?

走り出すのも自分。
止まるのを決めるのも自分。

もし、そのことが
精神的に耐えがたいストレスとなるようだったら、
幼い子どもを持つ身でもあるのだし、
今度こそ、
止まる勇気を持たなければいけないのではないか。

けれどそのことが起こった時、
走り続けてきた足を自ら止めるだけの余力が
私に残っているだろうか?

走り続けるのは辛い。
けれど、止まるのもまた辛い。

止まるのを決めるには、
これまで走ってきた距離が長ければ長いだけ、
多くの勇気が必要となるのです。


私には1度の出産経験と4度の妊娠経験があります。


幸いにも、4度目の妊娠では、
久々に胎児の心拍を確認することができました。


→「YOU CAN RUN ! の秘密 ~最終回~」へ


YOU CAN RUN ! の秘密 ~その11~

全然妊娠できなかったうえに、
妊娠できるようになったと思ったら
今度は流産の繰り返し。

これはきっとなにか原因があってのことに違いない。

1回目の流産では、
たまたま運が悪かった子と思うと不憫でたまらず、
泣けて泣けて仕方なかったのですが、
いまやこれはなにかしらの必然
と考えるようになっていたので、
今回は育たなかったわが子を悼む気持ちは
それほどこみあげてはきませんでした。
むしろ、必然であるのならば、
できるだけのことをしてその原因を
突き止めてやろう、という気持ちが強くなっていました。

2回目は出血さえまったくない状態の稽留流産でしたが、
超音波で胎嚢が育っていないことが確認されたため、
子宮内容除去の手術をすることになりました。

手術が終われば、また走り出せる。

そう思っていたので、
病院に着いた時にもいたって冷静。
最初に心拍が確認できないと聞いた時にも冷静だったし、
手術をしましょう、と言われた時にも冷静だった。
われながら気丈だなあ、
などと自画自賛しながら内診台に上がりました。

かたわらには、超音波の映像がありました。
育つことがかなわず、すでに形の崩れはじめた
胎嚢の姿を目にした時、


これでこの子の姿も一生の見おさめ


そんなふうに思ってしまったのがいけなかった。


さようなら

さようなら


制御のしようもなく涙がこぼれ落ちてきて、
ぐしゃぐしゃな顔のまま、
麻酔の眠りに吸い込まれていきました。


ねえ先生、
ちょっと麻酔の量が足りなかったんじゃないの?


起きたらすでに手術が終わっていた前回と違い、
2回目はどうやら手術の終わり際に
意識が戻ってきてしまったようで、


うわあちょっと。ちょっとそれ、痛いんですけど。


なにかすごいことをされているなあ
ということはわかるものの、
手足の感覚は麻痺して動かすこともできず、
けっこう嫌な感じを味わいました。

後で聞いたところによると、
今回は前回と比べて手術後の子宮の収縮が悪く、
そのため処置に思いのほか時間がかかった
とのことでした。
別に麻酔の量が少なかったわけではなく、
時間自体が延びてしまったわけですね。

子宮の収縮が悪かったというだけあって、
手術後の、後陣痛にも似たキューン、キューン、
という痛みは前回ほど感じませんでした。

今回も隣のベッドには若い女の子がいて、
今度の彼女は、手術前も手術後も
若い男の子がずっと付き添っていたから
精神的にもとても落ちついた感じで、
帰りにも笑顔を見せながら去っていったから、
なんだかホッとしてしまいました。

→「YOU CAN RUN ! の秘密 ~その12~」へ



YOU CAN RUN ! の秘密 ~その10~

次に通院した時、
「やはり育っていないので手術することにしましょう」
と言われるのはもう覚悟していました。

今日もこの婦人科には、たくさんの女性が訪れて、
自分の名前が呼ばれるのを待っています。

数年前は、私も毎月の浮き沈みを繰り返しながら、
いつか結果が出ることを信じてここに座っていました。

あの頃は妊娠さえすればと思っていたけれど、
妊娠はしたものの・・・っていうのも
それはそれで辛いものがあるよね。

なにもしないで待っていると、
「もしかして、もしかしてってこともあるかもよ」
などとよけいなことを考えてしまいそうになるので、
手近な雑誌を手にとって、パラパラとめくってみました。

すると、たまたま広告のコピーで

「YOU CAN RUN!」

という言葉を目にしました。


ああなんか、これっていい言葉かも。


その言葉を見た瞬間、
私は「ああ、そうだなあ」と思ったのです。


ああ、そうだなあ。私、まだ走れるなあ。


不妊治療は出口の見えないマラソンのようなものです。
でも、ずっと走り続けてきました。

どこまで続くのかわからない、
ゴールの見えないマラソン。

もしかしたら、どこまで走っても
ゴールなんて存在しないのかもしれない。

簡単にゴールする人にとっては
あっという間の短距離レースかもしれないのに、
ある人にとってみれば、
世界の果てまで走り続けたとしても
ゴールは存在しないアンフェアなマラソンレース。

途中の景色だって、
走りながら気持ちが紛れるような
眺めのいいとこなんかちっともない。
今度こそゴール?と思った次の瞬間には崖っぷち。
激しいアップダウンの繰り返し。
最悪のコースといっても過言ではない。

併走してくれる誰かがいるわけでもない。

夫婦の関係と、
男性側の子どもに対する考え方にもよるのでしょうが、
わが家の場合、こと不妊と流産に関しては、
うまくいかないことが生じた場合、
私は産むことのできないわが子を思って泣き、
夫は子どもではなく私の体のことを心配する、
という温度差があったため、
夫婦で一緒に走っているレース
という感覚はありませんでした。

仕方ありません。
卵子を大事に体内に抱えている女性と、
精子を放出したら最後、出産が終わるまで
子どもと対面することのない男性とでは、
どうしても感覚が違ってくるのです。
彼にとって、産まれなかった子どもは
まだ存在していないのですから、
私のことだけを心配するのは
当然の心の動きといえるでしょう。

併走してくれる誰かがいるわけでもない、
たったひとりの、
ひたすら苦しいだけのマラソンレース。

それでも、
どんなに苦しくても、先が見えなくても、
走るのをやめてしまったら
レースはそこで終わってしまいます。

止まってしまったら、
これまでこんなに走り続けてきたというのに、
行く手にゴールがあったのか、なかったのかを
知ることすらもできなくなってしまう。
だから、まだ止まるわけにはいかない。

走り出すのも自分。
止まるのを決めるのも自分。

たとえゴールなんかなくても、
走ることに意義がある?
走り続けることに意義がある?

いいえ、ことこれに関しては結果がすべて。

不妊治療のおかげで
人の痛みがわかるようになった、
精神的に成長した、
確かにそういう面もあるかもしれないけれど、
それは決して目的そのものではありません。
正直に自分の心のなかを見つめてみれば、
走り続けるのはあくまでも
自分と自分の子どものためです。
そのために、いつかゴールに行き着くことを信じて、
ひたすらに前へ前へと走り続けるのです。

ゴールの見えない、辛く長いマラソンです。

けれど考えてみれば、こと不妊治療に限らず、
人生ってマラソンみたいなものなのかもしれませんね。

みんな、それぞれの目的のために走り続けている。

私の場合は、妊娠、出産というレースが、
思いのほか長距離のマラソンになりました。

でもとりあえず、

そうだなあ。私、まだ走れるなあ。


→「YOU CAN RUN ! の秘密 ~その11~」へ



YOU CAN RUN ! の秘密 ~その9~

いいかげん学習しているので、
くれぐれも

「期待しないように」

「期待しないように」

ひたすら自分に言い聞かせていました。

前回の手術後2ヶ月もしないうちに、
ふたたび生理が訪れました。
3回の生理を待ち遠しい思いで見送り、
満を持しての再チャレンジ。

その結果、前回の流産から半年後、
あっけないくらい簡単に3度目の妊娠を果たしました。

「期待しないように」

「期待しないように」

とはいえ、初期の流産のほとんどは胎児側の問題、
たまたま運が悪かったと思ってください。
流産に関する本には必ずそう書いてありますので、
確率的にいってまさか今回もということはあるまい・・・
ついそんなふうに考えてしまいそうになります。

病院に着いて、まず行った尿検査で
妊娠反応は確認できていたのだと思うのですが、
賢明な先生は多くを語らず、

「まず超音波で診てみましょう」

とおっしゃいました。

なにがあってもショックは受けまい、
そう覚悟して内診台に上がりました。

超音波の画像を見た瞬間、
私にはすぐ、結果がわかりました。

先生はずいぶん長い間、無言で
いろいろな角度から子宮のなかを診ていました。

先生はなにも言わなかったし、
私もなにも聞きませんでした。

内診台ではなにも言われませんでしたが、
目で見た結果は明らかでした。

あるはずの心拍は、
今回もどこにも見当たりませんでした。

「次回まで、もう一回様子を見ましょう」

診察室に戻ると、先生はそう言いました。

「おめでとう」と言わないかわりに、
本当にそうとわかるまでは、
「だめです」とも言わない慎重な方です。

けれどいいかげん学習しているので、
奇跡は起こらないことはもうわかっていました。

前回ほど、自分を責める気持ちはありませんでした。



「たまたま運が悪かったと思ってください」?

嘘だな、それは。

そう、思いました。



知人でも、2度の流産ののちに第1子を出産した人と、
私と同じく第1子の出産後に2度の流産を経験した人がいます。

まったく問題なく出産を繰り返すことができる人がいる一方で、
何度も流産を繰り返す人もいる。

運が悪かった?そんなばかな。
科学的に立証されていないというだけで、
そこにはなにか原因があるんじゃないの?

前回の時は、思いがけない妊娠が
うれしくて、うれしくて、
「週数にしては小さすぎる」
と言われてからもあきらめきれず、
なんとか安静にして妊娠を継続できないものかと思いました。

けれど今回は、
もう奇跡は起こるまいと確信する自分がいました。
これは必然の流産なのだ、そんな気がしました。

流産にまつわる会話のなかで

「育つ子は育つんだから」

という言葉を聞くことがあります。

前回の流産の時、またしてもうちの母なのですが

「育てないような子なら、早めに流れちゃってよかったんだよ」

彼女はそう言って私を慰めました。

あんまりなその言葉に、怒るというよりは、
怒りを通りこして呆れてしまった私だったのですが、
今回、2度目の流産をするに至り、

「早めに流れちゃってよかった」なんて思わない。
少しでも長く自分の子どもと一緒にいたかった。

だけど確かに

「育つ子は育つんだ」

というのは本当だな、と思いました。

長男の時は、多少の無理をしようがしまいが、
彼はそのたくましい生命力で
母親の体から必要なものをじゃんじゃんと吸いとりながら、
あれよあれよという勢いで人間の形へと成長を遂げたのです。

「育つ子は育つんだ」

そのかわり、育たない子は、
どんなに強く、どれほどのものを引きかえにして
祈りを捧げたとしても、育つことはできないのです。


→「YOU CAN RUN ! の秘密 ~その10~」へ



Appendix

プロフィール

eri

Author: eri
アレルギーっ子の母やってます。
♥長男ぺっち♥
2002年12月生まれ
乳・小麦・卵にアレルギーあり。
検査数値のわりに
反応が強いタイプ。

♥長女なっち♥
2006年4月生まれ
アレルギー検査結果、
軒並みスコアゼロ!
このままアレルギーに
縁のない生活を送れるのか!?

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