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SHE CAN RUN !!!のおまけ&YOU CAN RUN !!! のゆくえ

ちょっとー、おまけはないでしょ~?
という娘の声が聞こえてきそうですが、

そもそもはアレルギーっ子かもしれない
娘の成長を記録しつつ、
同じ月齢の息子のことも振り返ってみよう
というのが「SHE CAN RUN!」の主旨だったのでした。

その後、あまりにもアレルギー反応の出ない娘ゆえ、
すっかり息子に主役の座を乗っ取られてしまいましたが、
一応おまけ編として(ちょっとー、おまけはないでしょ~?)
娘なっちについても語っておきたいと思います。

…と思ったけど、




書くことなにもないんだよね~!←ええーーっ




粉ミルク、乳入りビスケット、ミルフィーなど、
はじめて食べた時に薄いじんましんが出て
母を不安のどん底に陥れたなっちですが、

その後のリトライでは症状も出ず、
結局、1歳目前で兄と同じ認可の保育園に
入園した時には、怪しかった粉ミルクはもう飲ませず、
いきなりみんなと同じ牛乳50ccを
ゴクゴクと飲んでいたのでした。←ええーーーっ

最初は一応心配して
加熱で50cc飲ませてもらっていたのですが、
毎日飲んでも問題がないようなので、
暑い季節の訪れとともに
冷たい牛乳をそのまま飲むようになったそうです。
(あたりまえですがうちには牛乳がないので、
彼女が牛乳を飲む姿を見たことはない!)

卵、小麦、その他もろもろの
メジャーアレルゲンについても、
入園前の3月に経口で負荷をすませ、
結果、ひとつも除去のない、
みんなと同じ給食をいただいています。

そうはいってもぺっちの妹。

年齢が上がってからなにか出てくるんじゃないか、
肌自体はぺっちよりも弱いなっちなので、
コートの襟がこすれてほっぺが赤くなったりするたびに、
指しゃぶりしすぎて濡れたほっぺが赤くなったりするたびに、

もしかしてアレルギー!?

とドキドキしてしまう母なのですが、
いまのところ、本当になにもないよう…

家庭では、ぺっちに合わせた
乳・小麦・卵ぬきメニューしか出ませんので
(小麦も卵も「負荷」以外ではほとんど食べていません)
少しは予防になっているかな…などと思っていたのですが、

どうやら本当に大丈夫そう?と思う最近では、
ぺっちが水泳に行っていたり、
お友だちのところに遊びに行ったりしている間に、
父や母とつかの間のデートで
サンドイッチランチやケーキで
おやつを楽しんだりもしています。


さて、そしてこれまた
ちょっとー、おまけはないでしょ~?
という声が聞こえてきそうですが
(ちょっとー、おまけはないでしょ~?)

SHE CAN RUN !!!のおまけのおまけの
「YOU CAN RUN !!! のゆくえ」について。


みなさんに長い間お世話になってきた
「YOU CAN RUN !!!」を、
今日で最終回にしようと思います。


思いはいろいろありますが、
理由としては、

たくさん支えていただいて、
そろそろもう、
ひとりでも歩いていけるかな、というのと

息子自身も自分の足で歩きはじめているので、
私も私自身の道をちゃんと歩いていかなくちゃな、
と、そんな気持ちでいます。

できるだけ長く続けていきたい、
まだやってたの~?と言われるのが目標、
などと言っていたのが嘘になってしまってゴメンなさい。

いや、書きたい気持ちはあるんですけどね。

映画のこととか、絵本のこととか、
今度書くとしたら
子ども中心ではなく、もっと自分中心に書いてみたい、



でもそれはまた、別の話。



ある日、サトワカさんがひょっこり遊びにきてくれてから、
だんだんとアレルギーブログ化していき、
たくさんの素敵なお母さんとのめぐりあいがあり、
とても楽しく充実した時間を過ごさせていただきました。

自分で言うのもなんですが、
トリックシューとトリックミルフィーユは
傑作だと思っています!
(どちらも巨匠のレシピあっての傑作ですが)
あ、トリックポットパイはマジネタですから、念のため。
ええ、もちろんレシピとしての傑作じゃないですよ、
「ネタ」としての傑作です。
徹頭徹尾、それしか目指してませんから!←ええーーーーっ

アレルギーブログとして
大きく育てていただいた「YOU CAN RUN !!!」なので、
ここでひと区切りつけておきたいと思います。



いつも語りすぎだった私ですが、
肝心な時にはうまく言葉が出てきません。

なので、ここは旧友の言葉を借りてしめたいと思います。



みなさんのお幸せをお祈りしています。

たくさん、たくさん、ありがとう。



WE CAN RUN !!!



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SHE CAN RUN !!! 完結編

泣きやまない息子を一晩中抱いたまま
迎えたあの朝をきっかけにして、
ステロイドの使用をはじめました。

はじめはステロイドと保湿剤を1対1の割合で。
状態がよくなれば保湿剤の割合を増やし、
悪化すればステロイドの割合を増やす方法で。

結論としては、
ステロイド剤の使用をはじめてから半年後には
皮膚の状態も落ちつき、
ついには保湿剤の割合が100%となるに至りました。

保育園では毎月、園医による健康診断があるのですが、
毎月、毎月、必ず
「アレルギー、アトピー、治療を要す」と
書かれ続けていた息子。

ステロイドを使用するようになって半年、
1歳3か月の頃にはじめて、
「異状なし」と書きこまれた診断結果を手にしました。


こう書くと、いかにも
ステロイド様様、といった感じなのですが、
実際には、ステロイドの使用開始から遅れること1か月、
生後10か月の頃に粉ミルクの使用を完全にやめたことが
大きかったのではないかと感じています。


生後4か月の頃の息子の検査結果です。

アレルゲン名スコア成績
卵白6.02UA
卵黄1.02UA
小麦2.98UA
ミルク0.16UA
チーズ0.11UA
オボムコイド5.75UA


検査結果をうけ、医師からは
「卵と小麦を除去してください」
と指示がありました。


必死でした。


離乳食開始前の検査だったため、
はじめは授乳している私自身が卵と小麦を完全除去。

職場復帰後、冷凍母乳での授乳継続はなかなか難しく、
生後7か月で断乳。

離乳食だけの除去は親の除去に比べれば楽なものなので、
卵、小麦は決して家に持ちこまない生活を続けながら、
これできっとよくなるはず、とそう信じて…


そう信じながら、

「粉ミルクがなくなりそうです」

と保育士さんに告げられるたびに、

ミルクは検査結果に出ていないけれど、
アレルギーっ子だし、ふつうの粉ミルクよりはいいだろう、
と思って飲ませていた「E赤ちゃん」を
缶ごと保育園に預け、飲ませてもらっていました。



ミルクのその後の推移です。


2003年6月 0.16UA(スコア0)

2004年9月 1.70UA(スコア2)

2005年12月 3.21UA(スコア2)

2006年12月 7.35UA(スコア3)

2007年10月 4.74UA(スコア3)


年々反応が強くなっていった、とは正直思っていません。

もともと反応は強かったのが、
年齢とともに数値に出るように
なっていっただけなのではないか、と。


乳アレルギーがあったにもかかわらず、
毎日、毎日、粉ミルクを飲ませていたこと。

息子があれだけ苦しく、
つらい乳児期を送らなければならなかったのは
乳に原因があったのだと、いまではそう考えています。


卵や小麦を、いくら必死で除去しても無駄だったのです。

親が経母で食べてみて、あるいは本人に食べさせてみて、
反応を見てアレルギーかどうか判断しましょう。
数値があるからといって、
絶対に食べられないわけではありませんから。

医師にはそう指示されるものの、
食べさせて、反応を見て、
と言われてもそんなのは無理だった。

反応もなにも、息子の状態はつねに最悪の状態で、
なにをどう与えたからこうなった、
と判断できるようなレベルのものではありませんでした。

いまにして思えば、当然のことです。

回転食を心がけながら食べさせている離乳食とちがい、
粉ミルクは毎回、毎回、食事のたびに、おやつのたびに、
欠かさず飲ませ続けていたのですから。

つねに症状が悪かったので、
昨日食べた、さっき食べたなにが悪いのか、
どんなに食事の記録を見返しても
犯人を突き止めることができなかった。

よく見れば、食事の内容とともに
「ミルク○○ml」という記載がちゃんと残っているのに、
愚かな母親はそのことにちっとも気がつかなかった。

毎食、毎食、浴びるようにアレルゲンを摂取していた
息子には、「よくなる」余裕などあるわけがなかった。

卵や小麦をどんなに必死で除去したからといって、
症状が改善する道理がなかったのです。

数値があるからといって、
絶対に食べられないわけではありません。

同様に、数値がないからといって、
アレルゲンでないとは限らないのです。

それなのに、医師も、親も、
ミルクに原因があるのではないかと
疑ってみることをしなかった。

保育園のすすめで、8か月からは粉ミルクを
「E赤ちゃん」から「MA-1」に替えていますが、
「MA-1」でも、息子の場合には安全ではなかったようです。


いまでこそ、
悪かったのは乳だったのだな、と考えている私ですが、
そんなふうに思うようになったのはごく最近、
記事を書くために当時の保育園の連絡帳を
読みなおしてみてからのことです。

ステロイドを使いはじめてから1か月は、
量に気をつけながら塗ってはいるものの一進一退です、
といった表記が続いているのですが

その後1か月ほどして、
粉ミルクを完全にやめました、と記述がある直後から

「調子のよい状態が続いています」

「今度こそ、快方に向かっていると信じたいです」

といった内容が増えてきます。

それに気づくのに、4年もかかってしまいました。
悔しくて、当時はなにも思わずに、
なにも意図しないで書きこんでいた
連絡帳を読みながら泣きました。




ステロイドを使いはじめて約半年で
息子の肌状態はかなり落ちつき、
出血している部位こそなくなりましたが、

とはいえかゆみとの戦いはその後も続き、

1歳代は顔、手足を気がつけばかいている状態。
夜は抱っこ寝か、あるいはかゆがる部分を
かいてやりながら寝かしつける毎日。
平均して2回は夜中も目を覚まし、
かゆくて眠れない夜を過ごしていました。

2歳代になると顔はほとんどかゆがることもなくなり、
手足の関節をかゆがってはかきこわしたりしていました。
この頃には、深夜、かゆがって起きることも
少なくなってきました。

3歳代には、膝裏と足首がつねに傷んでいる状態。
毎晩、靴下をはかせて寝る、などの対策をするうちに、
足首はだんだんとよくなっていきました。
深夜かゆみで起きることはほとんどなくなり、
寝かしつけの際も、かいてやらなくても
眠れるようになってきました。

そして4歳、
膝裏がかゆいようで、たまに手をやることはありますが、
出血するほどかくことはもうありません。
アレルゲンを口にさえしなければ、平穏な毎日です。



肌状態が落ちついた半年後以降は、
ステロイドは単発で、
かきこわしがひどく、いったんいい状態にしないと
さらにかいてしまって悪循環になる、と
思われる時にだけ使うようにしています。


ステロイドは正しく使えば怖い薬ではありません。

まずは薬を使って症状をよくしてあげましょう。


そのとおりです。

なので今は、塗ればすぐによくなる、
いったんよくしておかないと
さらにかきこわしてしまう、と判断した時には
ステロイドを使うようにしています。

けれどあの頃、

塗ったとしても「よくなる」かどうか
確信が持てなかったあの頃には、
どうしても使う勇気が持てなかった。

本当は、「よくなる」かどうか
先の見えなかったあの時こそ、
息子は一番苦しんでいたし、
一番ステロイドが必要な時だったかもしれないのに、
当時の無知な私は、どうしてもその勇気がなかった。


息子のアレルギーは私のせい、
とは考えたことのない私ですが、

時たま、保育園のおともだちになにげなく

「ぺっちくんてどうしてこんなに小さいの~?」

などと言われると、
子ども相手にも取り繕うことができないほど、
動揺してしまうことがあったりします。

クラスで一番背の低い息子、

下のクラスのおともだちにもどんどん抜かされていく息子、

これはやっぱり、無知な私が
乳児期に息子をちゃんと眠らせてやらなかったせいなのかな、
そのせいで成長ホルモンが不足してしまったのかな、




でもね、背が小さいなんて、ちっぽけなことだし。




検査結果の数値は低いのに、
なかなか食べられるようにならない息子。

あるいはもっと早く、
専門的な病院に転院していたら、
スコアはゼロだとしても原因は乳なのだと、
早期に診断してもらえたかもしれない。

けれど無知な私は、
ほかのお子さんのスコアと息子のスコアを見比べながら、

これだけ数値が低いのだから、
指示されたアレルゲンを除去していれば
きっとすぐに食べられるようになるはず、
と思いこんでいました。
そう、信じたかった。

体じゅう血まみれな状態で、
毎食、毎食、アレルゲンを摂取しつづけ、
それでいて保湿剤以外は使ってもらえず、
夜もほとんど熟睡することのできなかった息子。

あるいは乳児期に、無知な母親が
あまりにもアレルゲンに対して
過敏な状態を継続させてしまったせいで、
数値が低いわりには
食物アレルギーを悪化させてしまったのかもしれません。




でもね、食物アレルギーなんて、ちっぽけなことだし。




振り返れば後悔はつきないけれど、

子どもはたくましく、

どんどん先へ先へ、と伸びていきます。





強く、高く、遠くまで、

自分の足で乗り越えて、飛び越えて進んでいけるよう、




乗り越えていけ。



遠く、遠く、飛んでいけ。





遠く、遠くまで飛んでいって、



彼はもう



うしろを振りかえることさえないかもしれないけれど、





私はずっと、ここで矢の行方を見守り続けているから。





SHE CAN RUN !!! その9

確かに私は、
息子に対してひどいことをしていたのかもしれません。

お誕生日おめでとう。

息子の、1歳の時の写真です。

IMG_3642.jpg



「薬を正しく使って、まずは症状を抑えてあげてください」


診療してくれた医師は
口をそろえてそう言ったのに、
私は、ステロイドという薬を
なかなか使おうとしませんでした。


娘が生まれ、彼女の成長とともに
「SHE CAN RUN !!!」と題して
その頃の息子がどうであったかを綴ってきましたが
「その8」以降をずっと書けずにいました。

ちょうど育児休業から復帰して
なかなか時間が取れなかったということもありますが
書けなかった理由はそれだけではなく、



ここが、トンネルの、一番深くて暗いところだったから。



血液検査の結果、卵と小麦に数値の出た息子。

経母、離乳食での除去を続けてきましたが、
生後9か月、症状はいっこうに改善せず、むしろ悪くなっていきます。

最初にかかった医師は、ステロイドをあまり使わない主義。

けれど、それではいっこうによくならないので、
別の病院にも足を運びました。

「これはかわいそうに」

「薬を正しく使って、まずは症状を抑えてあげてください」

けれど、私はステロイドを使わなかった。

なぜでしょう?




無知だったからです。




必ず副作用のこととセットにして語られるこの薬のことが、
無知な私には怖くて怖くてたまりませんでした。



「まずは症状を抑えてあげてください」


「まずは」って?
それはいったいどのくらい続くの?


「一度症状をよくしてから、量を減らしていけばいいんです」


一度よくする?
じゃあ、使えば絶対によくなるの?
絶対「減らしていく」ことができるの?

「よくなる」までに、
取り返しがつかないほどステロイドのランクが強くなって、
塗っても塗っても治らなかったらどうしよう?



アトピー性皮膚炎の友人数人に聞きました。

「使ったあとがかゆいから、ステロイドはあんまり使わないんだ~」

「アトピー?私は2歳からずっとだよ」
「ステロイドはやめたほうがいいよ・・・」

藁をもすがる思いで、

あるいは酷だったかもしれない質問をしましたが、
結局わかったのは、
使うべきか使わないべきか、
数学の答えのように
はっきりと答えが出せるような簡単なものではない。

使え、といってもその結果に責任など持てない。
使うな、といってもその結果に責任など持てない。
だれかがだれかにこうしろ、と
安易に助言できるようなそんな簡単なものではない。


最後は、自分で選ぶしかない。


問題は、この場合、1歳にもならない乳児が
「塗ってくれ」とか「塗らないでくれ」などと
言うはずがありませんから、
どうするべきかを、他者である親が
決めなければならないということです。


塗ってしまうのは簡単。

でも、遠い将来において、

「どうしてお母さんは僕にステロイドを塗ったの?」

と言われたら、いったいどうしたらいいんだろう?



そう思うと、
当時の無知な私にはとても決断がつかなかったのです。


そして、

「お母さん、ステロイドは使いたくないでしょう?」

そう言って保湿剤だけを処方してくれた医師。

どんどん目を覆うような状態になっても
「かわいそう」とは言わなかった
最初の医師の言葉にすがるほうを選んでしまいました。



夏に、帰省した時のことです。

つもる話もありますので、
夕食を食べず、私が寝室で
息子を寝かしつけるのを待っていた父と母。

けれど、帰省していっそう症状の悪化した息子は、
なかなか眠りにつこうとはしなかった。

置けば泣き出すし、かきむしりますので、
かこうとする手をおさえながら
子守唄を歌い、必死で泣かないように、
眠ってくれるように抱っこし続けました。

そのうち、歌のレパートリーもつきてしまったので、
焦りは禁物、と思いながら
数を数えてみることにしました。

まさか、4ケタにいくことはあるまい。
そこまでいく前にはきっと寝てくれるだろう。

そう思っていたのに、
いざ数えはじめてみると、
あっという間に1000を超えてしまった。

途方に暮れながら、それ以上は数えるのをやめました。

ようやく息子が寝ついた時には、
夕飯を食べるにはずいぶんと遅すぎる時間になっていました。

母が言いました。

「なんとかして楽にしてやれないの?」

「かゆみをとめてあげる薬はないの?」

「ないわけじゃないよ。
でも、もしステロイドを使ったとして、
使っても使っても治らなかったらどうするの!?」

「あの子が大きくなって、どうしてこんな薬を僕に塗ったの?
って言われたら、責任取れるの!?」

寝ない子を抱きながら心のなかにもやもやしていた気持ちを
一気に母に向かって吐き出してしまいました。

母はそれ以上、なにも言いませんでした。

遅すぎる晩酌の杯を傾けながら、
父は私のずっと年上のいとこで、脳に障害のあった子がいたこと。
そのことで、ずいぶんと伯母は苦労したけれども、
小学校に入学することなく早逝したこと。

それから、知り合いのお子さんで、
指の数が多く生まれてきた子がいたこと。
その妹さんもみつくちで生まれ、手術をしたこと。

そんなことを、とりとめもなく話してくれました。

なにがどう、とは言わなかったけれど、
子どもを育てるということにおいては、
いろいろな苦労があるものなのだ、
ということを話したかったのだと思います。



保育士さんとも、いろいろな葛藤がありました。

とてもいい保育園でした。

小規模な園だったこともあり、
息子のために、息子だけではなく全体のメニューとして
できるだけ卵、乳を使わないものを考えてくれました。
持ち込んだきび醤油で、除去食を作ってくれましたし、
正直、除去においては
こちらが教えられることの方が多かった。

夏になり、症状が悪化した息子のために、
少しでもかゆくないように、汗を流しましょう、と
昼の沐浴をあちらから申し出て実行してくれました。


「今日もかいているのかな?」

「朝できていた、あのかさぶたはどうなっただろう?」


湿疹のこと以外はなにも考えられなくなっている私に、


「今日はぺっちくん、こんなことができたんですよ!」

「お友だちと、こんなふうにしてましたよ!」


と、息子の成長を事細かに笑顔で話してくれました。
あの明るい笑顔に、どんなに救われたことか。



「必要な薬があれば、お預かりしますから」



もともと、保湿の薬は預けてあったのですが、
暑くなりはじめた頃、そう言われました。

ステロイドのことかな、そう思いました。

ですので、連絡帳に書きました。


「ステロイドのことは、ずっと悩んでいます」

「先生が除去の効果が出てくるのを待ちましょうか、
とおっしゃるので、もう少しこのまま
がんばってみたいと思います」


けれどきっと、保育士さんにとっても、
すでに見るに見かねる状況だったのでしょう。

抱かなければ決して寝ない息子。
抱いてもかゆくて、暴れまわり泣きわめく息子。
お昼寝させるのは、どんなに大変だったことでしょう。

寝かしつけるたびに、私のTシャツは
彼のリンパ液でゴワゴワになりました。
きっと、保育士さんたちも同じだったことと思います。

「今日、ぺっちくんなかなか眠れなくて・・・」

毎日寝かしつけのたびに手こずっているはずなのに、
いつも笑顔でそのことには触れない保育士さんが
めずらしくそうおっしゃった時、

「いつもご迷惑をおかけして・・・」

と切り出しました。


「そんなことはどうでもいいんです!」


その先を続けさせなかった、保育士さんのやさしさ。


「でも、早くよくしてあげたいですね」




「使うなら、中途半端にせずちゃんと使ってあげてくださいね」



ステロイドについては悩んでいる、と書いたあと
保育士さんからはそうアドバイスをいただきました。

使うからには、よくなったからといって
急にやめてはいけない。
だんだんと、慎重に量を減らしていかなければいけない、
ということを言いたかったのだと思います。



なかなか決心のつかなかった私ですが、
さすがにもうダメかな、と思ったのは
「ステロイド使いたくないでしょう?」と
保湿剤のみを処方してくれていた医師の方針が変わった時。

「試しに薬を替えてみましょうか?」

いままでの保湿剤に替わって、
「エキザルベ」という薬が処方されました。

塗ってみて、驚きました。

真っ赤なリンパ液の海だった息子のほっぺたに、
一夜にして陸地が現れたのです。

「よかったじゃん、この薬、合ってるんじゃない?」

のんきに笑う夫を尻目に、すぐにネットで調べ、
「エキザルベ」が非常に弱いタイプの
ステロイドであることを知りました。


それがステロイドであることを告げずに
処方した医師への怒りは感じませんでした。

医師にしてみれば、そうでもしなければ
この母親は薬を使おうとしないだろう、と
考えてのことだったのかもしれません。

あの先生が、これを処方したということは、
もう本当にダメだってことなんだな。
あきらめるしかないってことなんだな。


「新しい薬、どうでしたか?」

「効きすぎて、怖くなりました」


減量の仕方を図解してもらい、
けれどそれでも決心がつかなくて・・・


「やっぱりまだ、迷ってるんです」


と告げた時の、保育士さんの切なそうな顔。

使ってしまうのは楽かもしれない。
でも、使ったとしても、
いつやめられるという確証はどこにもない。
ずっと遠い先の将来において、
息子の肌がどうなっているか、
保育士さんには関係ないけれども私はそうはいかない。

だとしたら、今、目の前にいる
この人にどう思われようと、私はかまわない。

道行く人に、あの子どうしたんだろう、という
視線を送られたとしても、
ひどい母親だと思われたとしても、痛くもかゆくもない。

大切なのは、息子だけ。
それ以外のことはどうだっていい。

私が決める。
誰の意見にも、揺れ動くわけにはいかない。

そんなふうに思ったりもして、
毎日、毎日、お迎えに行って息子の姿を探すたびに、
闘いを挑むような心境になっていました。

とてもいい保育園だったけれど、
たった一回だけ、お迎えに行くと、
息子が部屋のすみにひとりで寝転がっていて、
ジュクジュクの頬を
一心不乱にほおをかきむしっている姿を
見てしまったことがありました。

預ければ、かいてしまう。
私が仕事を休んで、ずっとついていたら、
このかさぶたをちゃんと治るまで
見届けることができるんじゃないだろうか。

仕事、続けていけるのかな、
保育士さんたちも、こんな状態の子を預けて
仕事に行くなんて、と思っているんじゃないかな。

このまま働いていていいのか、
真剣に考えたのもこの頃のことです。


夫が抱けば、かく手をきちんとおさえないし、
おさえたとしても、かゆい頬を
抱いている胸に必死でこすりつけるから
ますます傷口が広がってしまう。

私がやるしかない。

かかないように、こすらないように、
私がやる以外にこの子をよくしてやるすべはない。

これだけちゃんと除去しているのだもの、
ステロイドに頼らなくても、
きっと、結果が出てくるはず。

だからもう少しこのままがんばってみよう、
明日こそはよくなってくるはず、
明日こそ、明日こそ…




抱きながら、ずいぶん歌を歌いました。

早寝推奨の保育園にならい、
夜の8時前後から寝かしつけをはじめ、
抱いても、抱いても、息子は眠らない。

いや、少しはウトウトしている。

けれど、ベッドに下ろそうとすると
たちまち眠りが浅くなってかきはじめてしまうので
抱き上げないわけにはいかない。

ずいぶん、抱きました。

ずいぶん、息子は泣いていました。


やがて、

歌うことにも数を数えることにも疲れてしまい、

ただ、無心で息子を抱いたまま、
背中をトントン、叩き続けていました。


一度も眠らないまま、

一度も腰を下ろすこともないまま、




いつのまにか外が明るくなってきているのに気がついて、




その時に、思いました。




どんなにかわりたくても、かわってはやることはできない。

この子がこの先の未来で出会うどんないたみも、

私がかわりに引き受けてやることはできないのだ。




いつか遠い未来、

この子が私の使った薬の副作用に悩むことがあったにしても、



ハリール・ジブラーンの言葉を借りて言うならば、



彼の「魂は明日の家に住んでおり」、

私は「その家を夢にさえ訪れられない」。



彼は彼であり、私ではない、

私は私であり、彼になることはできない、



遠い未来、彼が副作用に悩むことがあったとしても、

それは彼自身の「明日の家」でのこと。



私には、その家で一緒に悩む権利などないのです。



この子自身が、

この子自身の運命を乗り越えていくしかない。



強く、高く、遠くまで、

自分の足で乗り越えて、飛び越えて進んでいけるよう、

大きく弓をしなわせる以外、

私にできることはないのだ、と。



かわってやりたいと願うことはたやすい。

けれど、かわれないからこそ親なのだと、

かわれない苦しみに耐えるからこそ親なのだと、



カーテンの向こうに朝の光を感じながら、

悲しくて、笑いました。


悲しいけれど、進むしかない。

悲しいからこそ、親なのだと思いました。



かわりたくてもかわってやることはできない。



そんなあたりまえのことがわからなくて、


「私がやるしかない」と

傲慢な考えで息子を苦しめていた自分、


ひとり、ギリギリのところでつっぱって、

必死に夜通し子守唄を歌っていた自分が


とてもちっぽけで、小さく思えて、


泣きながら、

思わず声を出して笑いました。


子どもについて ハリール・ジブラーン「預言者」より 



赤ん坊を抱いたひとりの女が言った。

どうぞ子どもたちの話をして下さい。

それで彼は言った。

あなたがたの子どもたちは

あなたがたのものではない。

彼らは生命そのものの

あこがれの息子や娘である。

彼らはあなたがたを通して生まれてくるけれども

あなたがたから生じたものではない、

彼らはあなたがたと共にあるけれども

あなたがたの所有物ではない。



あなたがたは彼らに愛情を与えうるが、

あなたがたの考えを与えることはできない、

なぜなら彼らは自分自身の考えを持っているから。

あなたがたは彼らのからだを宿すことはできるが

彼らの魂を宿すことはできない、

なぜなら彼らの魂は明日の家に住んでおり、

あなたがたはその家を夢にさえ訪れられないから。

あなたがたは彼らのようになろうと努めうるが、

彼らに自分のようにならせようとしてはならない。

なぜなら生命はうしろへ退くことはなく

いつまでも昨日のところに

うろうろ ぐずぐず してはいないのだ。

あなたがたは弓のようなもの、

その弓からあなたがたの子どもたちは

生きた矢のように射られて 前へ放たれる。

射る者は永遠の道の上に的をみさだめて

力いっぱいあなたがたの身をしなわせ

その矢が速く遠くとび行くように力をつくす。

射る者の手によって

身をしなわせられるのをよろこびなさい。

射る者はとび行く矢を愛するのと同じように

じっとしている弓をも愛しているのだから。



ハリール・ジブラーン「預言者」より 

訳:神谷美恵子 





前回記事で
コメント欄に踏みこんでしまったみなさまには、
さんざんスクロールさせてしまい、
申しわけございませんでした。

レスをつけながら、2つの詩を思い出しました。

ひとつは上記の、
ハリール・ジブラーン(カーリル・ギブラン)の「子どもについて」。

ハリール・ジブラーンの詩 (角川文庫)ハリール・ジブラーンの詩 (角川文庫)
(2003/09)
神谷 美恵子

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もうひとつは、
下の記事のコメント欄にも書いた
エドナ・マシミラの「天国の特別な子ども」。

障害のあるお子さんを持つ親御さんには
よく知られている詩なので、
検索するとすぐにヒットするのではないかと思います。

エドナ・マシミラのものは乳幼児のいる親御さん、
ハリール・ジブラーンの方は児童以上、といった感じでしょうか。


できるだけ大きくしなうことのできる弓でありたいと、
あらためてそう思いました。



血液検査の結果が出ました ~2007年度5歳目前~

今度こそ、本当の結果です。

アレルゲン名スコア成績 2006年12月
ヤケヒョウダニ62.4019.40
牛乳4.747.35
カゼイン6.93--
小麦0.520.73
卵白0.590.57
卵黄0.35未満-0.11
オボムコイド0.900.59
イヌヒセツ0.50--
ネコノフケ0.35未満--

総IgE  166.0 (↑43.9)



まあ、ひとつをのぞいてはおおむね予想どおり…?


ドンピシャ!はないにしても、
ヤケヒョウダニはけっこういい読みだったね~と自画自賛!

ほかには、卵関係はさすがにもう下がらないのね、
てか、なにげに卵白微増だし
オボムコイドはクラス上がっちゃってるんですけど!

でもまあいいよ、このくらいは誤差の範囲内だろうさ。

ほかにもイヌヒセツってなに!?
いいよいいよ、犬なんて食べるわけじゃないしさ
(あたりまえです)
要は飼うなら猫のほうが望ましいってことでしょ?
(そういう問題ではありません)
とかいろいろあるけれど、まあいいよ、そんなことは。

総IgEが一番予想外にガツーーン!と
跳ね上がってるけれど
そんなこともこのさいうっちゃって、



たったひとつの予想外。






牛乳が、はじめて下がった…。






正直、これを見たらもう、
ほかに望むことなんてなにもありません。



今日の診察の結果、
チーズでの自宅負荷を試みることになりました。




・・・て、


下がったとはいえ
まだクラス3なんだけどね~~(~ ~;



こ、こわいよう…


血液検査をしてきました

息子ぺっち、久々に血液検査をしました。

アレルゲン名スコア成績 2006年12月
ヤケヒョウダニ58.40UA19.40UA
ハウスダスト40.27UA15.80UA
ミルク19.80UA7.35UA
チーズ30.68UA11.10UA
小麦0.63UA0.73UA
卵白0.38UA0.57UA
卵黄0.09UA0.11UA
オボムコイド0.47UA0.59UA

総IgE  78.4 (↑43.9)



これは検査の結果ではありません…






ただの予想です!






すみません、ハイ、不謹慎なのは承知しております。

でもさ、でもさ、
結果聞く前って誰しも「このくらいかな~」とか思うじゃん。

あとから「思ったとおりだった」とか言っても説得力ないし、
予想外れた場合の落ちこみ度にしたって、
予想があってこそはじめて落差がはっきりするわけじゃん。

てなわけで、

けっこう冗談キツイ性格なもんで、
小数点第二位まで意味なく予想つけてみたりなんかして。
もしこれで大正解きたりなんかしたら
「おめでとうハワイ旅行!」行くっきゃないって感じかしら?

記事をアップしつつ気合いを入れ、
これから検査結果聞きにいってきます。どすこい!



間違いだらけの温泉旅行 その3

深夜、スヤスヤと眠る息子の寝顔を見ながら神に祈りました。



神様、ありがとう!!!



今回、特に反応が出なかったのは
運がよかった、としかいいようがありません。

持参したセレスタミンを握り締めながら
心臓バクバクさせていましたが、
今回は本当に運がよかった。

あまりに安易すぎた、楽観的すぎた、
消極的すぎた(旅館への働きかけ不足)母。

もしこれで重篤なアレルギー反応が起きていたら、
立ち直れない打撃を受けていたことと思います・・・


ちなみに、息子がスヤスヤ眠っていたのは
ふっかふかの羽根布団。

あああ、ホコリ吸いそう~~~

どんなにピカピカにお掃除しても
ダニ・ホコリ度の高そうな日本家屋。

それだけでも過敏になりそうなんだから
せめて食物では負荷かけないようにしなきゃダメじゃんっ!

夜、布団を敷いていただく時には
ちょうどお風呂に出かけていて留守でしたが、
明朝片付けていただく時には
もろに目の前でバッサバッサ布団をたたまれていたぺっち。

ホコリに弱い場合、
温泉旅館ではこんな場面も要注意!




さて、前夜のことがありますので
朝食も覚悟してのぞみました。


きたよ、きたよ~!


出ました!茶碗蒸し!

ついでに味噌汁は麩入りだよっ!


「ぺっち~?お味噌汁食べる?」

「食べない?じゃあ、なっちにあげていいね?」


味噌汁は嫌いなのでいいとして、
問題は茶碗蒸しのほうですよ。
大人と大きさは一緒なのでたぶん卵1個くらい?
ええ、ええ、もちろん初体験ですよ!


「これおいしい!」


マズイ、気に入っちゃったよ!


「よかったね~。ぺっちの大好きなあじの干物もあるよ!」


添加物多いし、骨取ってやるのが面倒なので
あまりふだんは食卓に登場しないあじの干物。

だけどぺっちにとっては大好物。

ここぞとばかりにせっせと骨を取り、
「ごはんとあじの干物で
おなかいっぱいにさせる作戦」に出ます。

おいしいと一口食べた茶碗蒸し、
でも底のほうにはぺっちの嫌いなしいたけや銀杏があるし
あじの干物でおなかがいっぱいになれば
もう手はつけないはず!


作戦成功し、茶碗蒸しは1/3ほどでリタイア。よっしゃ~!


なお、あじの干物をペロリとたいらげたぺっち。


「ママ~、ふりかけかけてー!」


きた!ふりかけ攻撃!


ふりかけ星人の息子、
このところすっかりおかず嫌い、
ふりかけとごはんだけで食事を終えることもしばしば。

そんな状況に眉根を寄せていた母ではありますが、
その一方で、温泉旅館で食べるものがなにもなくても、
白いごはんにふりかけさえかければ
本人は満足なはず、と考えていました。

よって、ちゃんとふりかけを荷物に入れていたのを
ぺっちも目ざとく見つけて知っていました。

朝食のごはんをおかわりし、
ふりかけでモリモリ食べた息子、大満足です。


考えてみれば、前夜の夕食、

温泉旅館の食事というのは
大体、料理の一番最後にごはんが出てくるわけで、
昨夜はごはんが出てくる前に
卵豆腐やらがんもどきやらが出てきてしまい
思わずぺっちも食べてしまったのですが、

子どもが食べるわけなんだし、


「ごはんを先にいただけますか?」


と一言お願いすればよかったのではあるまいか?


そうすれば、反則業だとはいえ、
ごはんにふりかけかけてあっという間に満腹、
あんなにドキドキすることもなかったかも…


ふりかけがないと食べられない、というクセが
ついてしまうのもどうかとは思いますが、
身を守るための方法としては
それもアリだったかもしれません。


なお、その他の朝食メニューですが、
あじの干物に漬物、冷奴、海苔、じゃこ、
かまぼこ(ぺっち、卵白入りもOK)etc・・・

夕食に比べると凝っていないぶん、
判断がつきやすく安心なものが多いです。


これでいいんだよね~!


ホント、ごはんと焼き魚程度の
和食を出していただければそれでいいんです。

凝りに凝った高級和食はかえって危ない!と
認識を新たにした今回の温泉旅行でありました…。



なお、翌日の昼食としては、
箱根付近にはあまりこれ、という食事処がないものの、
御殿場付近や小田原付近には
ファミレスがかなりありますので、
低アレルゲンプレートを利用すればいいかな、と考えていました。

実際には、芦ノ湖にて観覧船に乗る間に
昼食時間を迎えることに。

IMG_3565.jpg


おなかをすかせると大食漢なっちが
大変なことになりますので、
出発前に慌てて近くのコンビニで
おにぎりを仕入れてから乗船。

子どもたちが船旅に飽きた頃に
船内で昼食となりました。

ph調整剤等が気になるコンビニおにぎりではありますが、
旅先くらいはよしとしましょう。



以上、突っこみどころ満載の温泉旅行…


でも、とても楽しかったです。

なんせ温泉好きなもので、思いきり入浴してきました。

着いてすぐに貸切野天風呂へ。
続いて男女別の露天風呂へ。

夕食後も、入浴すると急に反応出るんじゃ、
と心配しつつも貸切露天風呂へ。

さらに、深夜、夫も子どもも寝静まったのを見計らい
男女が入れ替わった露天風呂へいそいそと出かけます。
これで全部のお風呂制覇ですね。

温泉って、意外と入浴時間って
みなさん一緒だったりするので、
こうやって少し時間をはずすとがら空きだったりするのよね。

狙いどおり、深夜零時の露天風呂は貸切!

久しぶりに露天風呂で平泳ぎを楽しんでまいりました。

なお、温泉初体験ということで、
泉質が合うのかどうかというのも心配だったのですが、
ナトリウム・塩化物泉(弱食塩泉)のこのお風呂、
ぺっちは大丈夫だったよう。

食事で無理したし、なにか変化は?と思って
くまなくボディーチェックしましたが、
持参の保湿剤を使う必要がないほど
入浴後のお肌はツルツルになっていました。



まあ、ダメダメ不注意な母であったにもかかわらず
アレルギー反応がなかったからこそ
そういう気持ちになれるのかもしれませんが、

これに懲りず、また是非温泉に出かけたい!と思います。

今回利用した温泉旅館は、ランク的には
中の上というところだと思います。

あまりランクを下げると
個別対応の度合いも期待できなくなってしまうので
ある程度のところにお願いしたほうが間違いない、

かといってあまりランクを上げると、
子どもがギャーギャー騒ぐので
高いお金を払っているほかのお客様に申しわけない、

と考えての選択だったのですが、

やはりね、


温泉ってもの自体、子どもが来ることをあまり想定していない。

温泉は基本的に大人の贅沢。


てなことを感じた旅行ではありました。

温泉の岩場とか、どう見てもバリアフリーじゃないし
子ども向けじゃないんだよね。

そして、子ども向けじゃないだけに、
アレルギーに対しても非常に認識がうすい。


でも行っちゃうよ。

絶対にまた行っちゃうからね!


正直、1年前のぺっちがこんな旅行をしたら
ひとたまりもなかったと思います。

乳以外のコンタミがOKになってきたからこそ
辛くもセーフだったのだと思っています。

今回の経験を生かし、
新たな実績を切り開いていきたい!



これまでそういった例がございませんので



1年前だったら、こう聞くと
怖い怖い!遠くのくわばら!としか言えなかったけれど、
今は逆に闘志が燃え上がるというか、

ようやくここまではきたぺっちなので、
母ができる努力は怠らぬよう反省しつつ、
「そういった例」をどんどん積み重ねていきたい。

今回は、ヤバイ話しかありませんので
どこのなんて旅館だった、とはあえて書きませんが

いずれはこの旅館で
こんな素晴らしい対応をしていただいた!
とご報告できることがあればいいなと思います。


待ってろよ、箱根。また来るからなー!



でも、資金ないからせいぜい1年後かも…。
ていうか、今度は伊豆がいいかな~♪




間違いだらけの温泉旅行 その2

はじめての温泉は非常に楽しかった!

IMG_3520.jpg
箱根登山鉄道にも乗ってきました

息子ぺっちはあいかわらずの野生児ぶりでしたが、
「まあ元気なお坊ちゃんで~」で許される程度で、
おそろしくハタ迷惑なレベルまではいかずに
過ごすことができたのでまずまずの及第点。

旅館についてすぐに家族で貸切露天風呂を楽しみ、
さらに大浴場にもドボンしてから
問題の夕食の時間を迎えました。



はじめに配膳されたのは・・・


ど、どっからどう見ても卵豆腐!


「これおいしい!」


ガツガツ食べるぺっちを止めるすべもなく・・・


「これ大丈夫なの?」


かなりアレルギー的には無知な夫ですら疑問に思った様子。


卵豆腐・・・


卵が加熱1個セーフになったあたりから、
少しずつ試してみるか~とは思いつつも、
無理は禁物、マヨネーズの量がもう少し増えてから
挑戦することにしよう、と思っていたアイテムです。

ま、ま、まさかこんなところで遭遇することになろうとは!


「たぶん、大丈夫・・・。いいよ、いってみよう・・・」


そのほかに、ぺっち用には
つくねと海老と魚の西京焼きののったプレートが用意されました。

いきなり卵豆腐きたってことは、
どうやら加熱さえしてあれば卵はOKって認識になってるな(= =;

確かにそう言った。
ほかでもないこの私がそう言った。

でも加熱は加熱でも、蒸しと焼きとは違うよね~?
あああ、でもそんなこといまさらいってもどうにもならんっ!

「つなぎもOK」って言ってたわよね、私。
てことは、このつくねにも
まちがいなく卵&小麦粉がふくまれているはず。
オーマイガッ!


かたわらで「よこせ!よこせ!」と暴れる
娘なっちの口にお刺身を突っこみつつ
(生もの初挑戦だ!しかしなっちに気を配っている余裕なし!
たぶんこっちは大丈夫だろう・・・)
ぺっちの状態がいつ急変するかと、気が気ではない状況・・・


続いてやってきた、がんもどき・・・


ぺっちにもお刺身の見事な盛り合わせが配膳されていますが、
偏食ぺっち、生ものには手をつけません。


「ごはんが食べたい~!」


と仲居さんに訴えつつ、がんもどきをパクパク・・・


ちょっと待てよ~

卵豆腐きたってことはさ、
このがんもどきにも卵、小麦入ってるかもしれないよね~?
そりゃ、つなぎOKとは言っちゃったけどさ~
まだイシイのミートボール5個とか、
消極的な試し方しかしてないんだよね~
がんもどきって量はどのくらい使ってるのよ?
オーマイガッ!

でもさ、一応除去しますって言ったんだから、
対応しますって言ったんだから、
使わないよう心がけてくれているはずだよね?ね?


そして、さらにやってきたのがカニ甲羅茶碗蒸し!


これを見て、ようやく合点がいきました・・・。


卵豆腐、がんもどき、お刺身盛り合わせ、カニ甲羅茶碗蒸し・・・


これらはすべて、大人用のものと同じ料理です。


そういえば私、こんなふうに言ってました。


ふつうの和食でしたらおおむね大丈夫です。
親の料理のなかでアレルゲンが使用されているものを
教えていただければそこから取り分けて食べさせます。



こう言って、「わかりました」と引き受けていただいたので
勝手に「アレルゲンを抜いた和食」を
用意してくれるのだといい方に解釈して、
到着後も「なにも聞かれないからには大丈夫なのだろう」と
特に打ち合わせもなく夕食を迎えてしまいましたが ←ええーーっ⑤

どうやら調理場的には

から揚げやエビフライの入っている
いつものお子様用メニューのかわりに
親と同じ和食を出しておけばいいらしい


と解釈なさった様子・・・。


こちらとしては、ダメなものを教えてもらい、
あとは自分たちでも料理を見つつ、
OKそうなものだけを息子に取り分ければいい
と思ったわけですが、

息子4歳、
1歳児なっちと違って子ども料金も発生しますので

「大人からの取り分けというわけにもいかない」
       ↓
「だったら大人と同じものを配膳してあげよう」


と旅館側が考えたとしても無理はない…。

「無理はない」言い方を
ほかでもない私自身がしてしまっていました。

しかし、「大人からの取り分け」なら
大丈夫そうなものだけを取り分けられますが、

一度「息子用に配膳されたもの」を
あとから取り上げるのは至難の業なんだよ~~!



カニ甲羅茶碗蒸し。


たぶん、名づけるならそんな名前の料理に
なるのだと思うのですが、

カニの甲羅のなかにカニと卵をとじたうえに
パン粉をふりかけて焼いた、という代物。


「これ、小麦粉だよね~?」


かなりアレルギー的には無知な夫ですら、
いい感じに焦げ色のついた
パン粉を見て疑問に思った様子・・・。


「ぺっち♪これ食べる?」


引きつった作り笑顔で質問する母。


「やだ!それ怖い!」(私も怖いよ)


好き嫌いの多い息子でよかった・・・。



なお、最後に出たデザートは
大人用にはマンゴープリン、ぺっちにはメロン。

これは大人と同じじゃなかったってことは


牛乳だけは症状が重いのですが


って言葉だけは
こちらの意図したとおりに伝わってんな~
てことはきっと、今までの料理も
乳だけは入ってないよね、きっと!
アハハ~♪とひとり納得する私。 ←ええーーっ⑥





幸い・・・



卵豆腐にがんもどき、ついでにイクラの軍艦巻き。

おそらく大人とまったく同じ調理方法、
アレルギー的な配慮は一切なかったと想像されますが、
ペロリと食べたぺっちに特に反応はなし。

確かに、負荷も進み、個々を取ってみれば
セーフかもしれない品々ではありますが、
これだけ一気に食べたとなると
閾値を超えたとしてもなんの不思議もありません。
危ない橋を渡った、としか言いようがありません。

反省点、ざっくざくです。


ええーーっ①
「予約も夫にしてもらいました」


こんなとこで面倒がってどうする!予約ぐらい自分で入れろ!


ええーーっ②
「人数とか日取りとか部屋の希望だとかをお願いしたのち」


予約してから最後に「実はアレルギーが・・・」ではなく、
はじめに「アレルギーがありますが宿泊できますか?」
と聞くべきだった。

予約完了してからでは相手も断りにくい!

はじめに「アレルギーがありますが…」と聞き、
相手の出方を見るべきだった。
その点からいっても、
やはり夫ではなく私が電話するべきだった。
(もちろん夫でもOKなくらい教育しておくのが一番の理想だけど・・・)


ええーーっ③
「牛乳と卵と小麦です」「プチッ」


これだけでいいわけがなかった!
2つ返事を勝手に「すでに実績があるのね~」と
ありえなく楽観的に捉えていた。

向こうが聞いてこなくても、
「小麦は調味料ならOK」とか
「卵は加熱ならOK」などの詳細を説明し、
「どうやら調理場に確認してからでないとマズイぞ」
という反応を引き出しておくべきだった。


ええーーっ!④
「ふつうの和食でしたらおおむね大丈夫です」


大丈夫ではなかった。
卵豆腐に茶碗蒸し、旅館の食事には
バカにならない量の卵が使用されている!
しかも、加熱の度合いに関しても、
アレルギー関係者とふつうの調理人とでは
かなり認識に違いがあると思われる。


ええーーっ⑤
「特に打ち合わせもなく夕食を迎えてしまいましたが」


とにかく手を抜きすぎ。
来る途中にあわただしく公衆電話から打ち合わせたのだから、
到着してからきちんと話をしておくべきだった。
・・・というか、着いてから「それでは対応しかねます」と
言われるのが怖かった、のかもしれない。
予約成立後は旅館側も利用者側も
否定的なことを言い出しにくくなる。
やはり、肝心なのは予約の時点で
お互いの認識を確認しておくことだと痛感。


ええーーっ⑥
「ひとり納得する私」


勝手にあとから納得するな。食べる前に確認しとけよ!



間違いだらけの温泉旅行 その3へ

間違いだらけの温泉旅行 その1

先日、休みを利用して
1泊2日の温泉旅行に行ってきました。


温泉!!!


けっこう旅行好きなもので、
子どもが生まれる前はけっこう温泉にも
よく出かけていたのですが、
息子が生まれてからはすっかりごぶさた。

子連れだとうるさいから、
大変だからというのもありますが、
息子の食物アレルギーというのも
かなり大きなネックになっていたわけで・・・

息子ぺっち、このところアレルギー的には
わりといい状態が続いています。

卵は加熱なら1個いけるようになりましたし、
小麦はうどん負荷が160cmに達しました。

少なくとも卵、小麦に関しては
コンタミくらいはOK?


だとしたら温泉旅館の和食くらいはいけるんじゃないの?


長旅は1歳のなっちにも負担になりますので、
行く先としては近場の箱根を選択。

どの旅館にしようか、というのが
非常に迷うところなのですが、
条件として考えていたのは次のようなこと。

・部屋食である
(レストランでまわりの人に迷惑をかけるのはイヤだ!)
・防音がよい
(部屋で野生児が叫ぶ恐れアリ)
・貸切風呂がある
(せっかくだから家族みんなで温泉に入りたい!)

で、

どうしようかな~ってわけなのですが、
夫が十数年前に泊まったことのある旅館で、
旅館専用のケーブルカーなんかもあって
子どもが楽しめそうなところがあったので、

「あそこならおもしろいいと思うよ」

という夫の言葉を信じてそこにすることにしました。

夫推薦の宿なので、予約も夫にしてもらいました。←ええーーっ①

予約の際には、
「アレルギーのことちゃんと言ってね!」と夫に念押し。

人数とか日取りとか部屋の希望だとかをお願いしたのち←ええーーっ②

「子どもに食物アレルギーがあるのですが・・・」

と切り出す夫。

「牛乳と卵と小麦です」

「はい。ええ、じゃあお願いします」

プチッ。←ええーーっ③


ひじょ~に簡単に電話を切る夫。



「ねえねえ?アレルギーは?大丈夫だって?」

「うん。対応するって」


それだけかよ!


思えば、あまりに安請け合いなこの対応に
少しは疑問を抱いておくべきだった・・・

しかし、まあこんなもんかな、と思ってしまった自分。

いやね、このところ夫予約でセーフ、ってこと続いてたんです。

5月の連休には横浜のニューグランドに泊まったのですが

「食物アレルギーがあるのですが」

「牛乳と卵と小麦です」

夫のこの言葉だけで、和食レストラン
アレルゲン抜きの朝食を用意してくれました。

10月には法事があったのですが
これまた夫の予約で除去食を依頼。

こちらはいつもお願いしているところなので、
除去食も昨年に引き続き2回目。
今回も2つ返事で引き受けていただき、
安心して利用することができました。


そんなこんなで、かなり認識が甘くなっていました。


卵、小麦に関してはコンタミ程度はOKになってきた 
       ↓
乳さえ気をつければ和食はいける! 
       ↓
添加物などの少ないちゃんとした和食なら大丈夫! 


という、かな~り考えの甘い
図式が頭のなかに出来上がっていたため、
旅館の2つ返事を聞いても


なるほど、2つ返事でOKできちゃうくらい
食物アレルギーもメジャーになってきたんだね~♪と
ありえない楽観的な捉え方で安易に納得してしまいました。



さて、甘~い考えのまま当日を迎えた私たち。

昼食の場所を考えるのも面倒なので
早お昼を自宅ですませてから正午に出発しました。


すると、車中で夫の携帯電話がなりました。

見知らぬ番号・・・。誰?

046・・・

待てよ、これってもしかして予約した旅館からでないかい?


「あの~、お子さまのアレルギーに関してなのですが・・・」


おいおいおい~~!


なんと、当日、チェックイン数時間前になって
旅館からの問い合わせが!


「すみません、今、車中で電波が不安定なので
また折り返しご連絡いたします~」


仕方ないので、途中のパーキングエリアの公衆電話から
旅館に電話を入れなおしました。


「お子さまのアレルギーについてなのですが、
これまでそういった例がございませんので
料理長のほうもどういったものを
お出しすればいいのか検討のつかない状態で・・・」


ガーーーン!!!


も、もっと早く言ってくれよう!


「通常はから揚げ、エビフライなどの入った
お子様用のご膳をお出ししているのですが
そういったものは無理ということですよね?」

「パスタなども無理ということですよね?」

あたりまえだろー!

「いままでに経験がないもので、
そうしますとむしろこういうものを、と
お客様から言っていただけるとこちらも作りやすいのですが・・・」

ど、どうやらかなりのアレルギービギナーの予感???


「アレルギーの度合いとしてはどのような感じなのでしょうか?」


「卵に関しては、加熱がしてあれば大丈夫ですし魚卵も大丈夫です」

「小麦に関しても、調味料程度は大丈夫です」


「では、つなぎに使うくらいはよろしいでしょうか?」


「はい」


「牛乳だけは症状が重いのですが、
卵、小麦に関してはそれほどではないので
ふつうの和食でしたらおおむね大丈夫です。←ええーーっ!④

もし難しいようでしたら、親の料理のなかで
アレルゲンが使用されているものを教えていただければ
そこから取り分けて食べさせます。

本人、好き嫌いが多いもので、
白いご飯となにか焼き魚でもあれば充分ですので・・・」


なんというか・・・

出先で電話がきて焦ったというのと、
いまさら泊まるとこがなくなったら困るという気持ちと・・・

ついつい、息子のアレルギーを
「たいしたことない」風に説明してしまっている自分がいました。


「少々お待ちくださいませ~」


公衆電話から小銭で電話してるにもかかわらず、
それから長~い長~い保留が続きました。


「お待たせいたしました~」

「ではお待ちしておりますので、気をつけてお越しくださいませ・・・」


と、とりあえず受け容れてくれるらしいぞ!やった!


しかし、ここで喜んでいてはいけなかったのだ・・・



間違いだらけの温泉旅行 その2へ

千歳飴ってどうしてますか?

こんなのを買ってみました。

IMG_3514.jpg


こちら、新橋屋飴店さんの千歳飴

原材料はもち米 大麦 水飴 紅麹

IMG_3517.jpg


アレルギーっ子的には大麦が引っかかる方も多いのかな…

ぺっち、今年はいよいよ七五三です。

七五三にはつきものの千歳飴、
ほとんどのものは乳入りなので
早めに準備しておくことにしました。

どうせ保育園でももらうのだろうし、
早めに代替としてお願いしようかな~と思っています。



米粉ハンバーガー ~目玉焼きくん大活躍!~

先日、電子レンジ用目玉焼きくんの記事を書いた時、
何人もの方から

まめさんのレンジケーキ、水でもOKですよ

とのコメントをいただきました。

あのふんわり感は豆乳のなせる業、と
思いこんでいた私には目からウロコ。

で、さっそくやってみましたよ。

IMG_3462.jpg


あら!

全然オッケー!じゃありませんか?

見た目だけでなく、食感も申し分ない。


ちなみにレンジで目玉焼きくん、
いい具合に上側はふんわりCカップ風、
下側はハト胸Aカップ風になっているので
(表現が合っているかどうかは不問に願います)
それぞれ2個ずつ作って

IMG_3462.jpg


よっしゃ~、ハンバーガー風。


今回、かぼちゃパウダー抜きなのですが
やはりちょっとは投入して
パンらしい色をつけたいところですね・・・

また、メイプルシロップと油は1/4減量しています。

元レシピは「ケーキ」ですので
このように「パン」使用にするには甘すぎる。
どこまで減量できるか、もう少し試してみたいと思います。
とりあえずは1/4減量でも
味、ふくらみ、食感ともに問題はないようです。


え?

なかにはさんであるのはなにかって?


ハイ。

生協で買った冷凍チキンナゲットと冷凍とんかつです。


エーッ!食べられるの~!?

まさか!もちろん息子は食べられません!!!


このところ、米粉実験が続いたので
うちのなか在庫だらけ!
消費が生産に追いつきません!

よって、ハンバーガーは職場で母のお弁当になりましたとさ。



おいしかった♪


Appendix

プロフィール

eri

Author: eri
アレルギーっ子の母やってます。
♥長男ぺっち♥
2002年12月生まれ
乳・小麦・卵にアレルギーあり。
検査数値のわりに
反応が強いタイプ。

♥長女なっち♥
2006年4月生まれ
アレルギー検査結果、
軒並みスコアゼロ!
このままアレルギーに
縁のない生活を送れるのか!?

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