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たまには痛さもいいよね

変えられないものを受け入れる力

そして受け入れられないものを

変える力をちょうだいよ


(Wait & See ~リスク~ 作詞: 宇多田ヒカル)



その昔、不妊が続いていた頃、
運転中にふいにこの歌がラジオから流れてきて、
この歌詞の部分で急に号泣したことがあったっけ。

高速を160kmでぶっ飛ばしている時の出来事よ。
涙で目の前が曇っていたら危ないっちゅーの。


神学者ラインホールド・ニーバーが
次のような言葉を残しています。



神よ、

変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。

そして、

変えることのできるものと、
変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。




宇多田ヒカルがニーバーの言葉を
知っていたのかどうかはわかりませんが、

要はまあ、命を賭けるほどの
恋愛にしてもなんにしても、
最後はあきらめが肝心ってことですかね。

そう言ってしまうと身も蓋もないわけですが、

やはりこの、

行こか、もどろか、というところに
おおかたの人間の悩みが存在しているわけです。


神学者の尊い言葉をこんなところで
引き合いに出していいのかいな、
と思う方もいるかもしれませんが、

アレルギーとの付き合い方を考えるにあたって、
すごくピッタリはまる言葉だなあ、と思ったので
ちょっと引用してみた次第です。


ある程度、肌状態等の落ち着いた段階にある
アレルギーっ子の場合、

食べさせるべきか否かということが、
重大な決断となってきます。

食べさせることのできるものと
食べさせることのできないものとを、
識別するだけの医学が確立されているならば、
悩むこともいらないのでしょうが、

あいにく食物アレルギーに関しては、
この場合にはこれ、と誰かが断言してくれるほどには
対処方法が確立されていないのが現実のように思います。


ひとつだけ確かなのは、


食べさせることのできるものについて、
それを食べさせるということも
ひとつの勇気であるし、

食べさせることのできないものについて、
食べられないことを冷静に受け入れることも
勇気であるにちがいないということです。



しかし、
こうして並べて読んでみると、

宇多田ヒカルとラインホールド・ニーバーの
言葉のニュアンスは、微妙に
異なっているような気がしないでもない。

ニーバーの言葉のニュアンスだと、

変えることのできるものと、
変えることのできないものとを、
識別する知恵を持つことが
最も大切だという印象になるわけだけれど、

宇多田ヒカルの歌詞と曲調からすると、

変えられないものを受け入れる力は
確かに必要かもしれないけれど、

やっぱり私は受け入れられないものがあれば
なにがなんでも変えてやりたいんだよ!

という意思がみなぎっている感がある。


そういえば宇多田ヒカルの
「Fight the blues」という歌には、

鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス

という歌詞もあったっけか。


私もどちらかといえば、

鳴かぬなら鳴かせてみようと思って
走り続けてきたような気がするなあ。

どうして識別するだけの知恵がないのかね、
と自分にあきれることも時にはあるけれど、

そういう生き方が好きでここまできたんだから、

転ぼうかケガしようが、
まあしょうがないよね、と思っている部分もある。


そう、「たまには痛さもいいよね」。




さて、雑談が長くなりましたが今月の経過です。

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プロフィール

eri

Author: eri
アレルギーっ子の母やってます。
♥長男ぺっち♥
2002年12月生まれ
乳・小麦・卵にアレルギーあり。
検査数値のわりに
反応が強いタイプ。

♥長女なっち♥
2006年4月生まれ
アレルギー検査結果、
軒並みスコアゼロ!
このままアレルギーに
縁のない生活を送れるのか!?

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