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SHE CAN RUN !!! ~その7 後編~

なっちは4月、春の生まれです。
ぺっちは12月、冬に生まれました。

今にして思うと、生まれた季節というのも
アレルギーの症状に多少ならずとも
影響を与えていたように感じます。

寒い冬の生まれということで、
風邪をひかせては大変と、
暖房をガンガンつけ、
加湿器でじめっとした室内で、
やたら厚着をして新生児期を過ごしたぺっち・・・

あの頃、アレルギーによる湿疹に、
あせもによる肌状態の悪化が重なったことが、
症状をさらにひどいものにしていたと、
今ならば冷静に考えることができます。

そして、肌状態が改善しないままに
迎えたはじめての夏。

荒れた肌に汗をかくことによって、
症状はさらに下り坂に向かいます。

7ヶ月・・・

この月には、もうひとつの転機がありました。

冷凍母乳を登園中に飲ませていただくのは、
母乳の量が減ってきて以来
もうやめていたのですが、
家ではまだ授乳を細々と続けていました。

7ヶ月、とうとう断乳を決意しました。



出も悪くなってきているようだし、
小麦もふくめての自分自身の除去生活に
疲れてしまった、というのも正直なところです。

前の月にアレルギー科で血液検査をした時、

「まだ母乳?」

息子のひどい肌状態を見ながら、
看護婦さんが聞きました。

「はい」と答えると、

「やめちゃったら?」

あっさりとそう言われたひとことが・・・

なぜか今に至るまで忘れられなくて、
いまだに私はその看護婦さんのことを
恨みに思っていたりします。

そろそろ断乳しようかと
思いはじめている、と園に告げた時、
保育士さんが連絡帳に書いてくれた言葉・・・。


ママが完全に除去食にしないと、
たとえ少量でも症状は悪くなってしまうそうです。
完全にミルクにした方が
ぺっちくんにとってはいいかもしれません。
ママはどうお考えですか?

アトピーはそう簡単には治らないようです。
体調や精神的なものが大きく影響しますから・・・。
おっぱいがもらえなくて泣いているより、
かゆくて眠りたいのに眠れなくて泣いている方が
かわいそうだと私は思いますが、どうですか?


0歳を担当してくださっていた
保育士さんの1人が書いてくれたこの言葉・・・。

ものすごくいい先生で、忙しいなかでも、
きちんと細かなことまで気配りのできる、
非常に信頼できる方でした。

たとえ親にどう思われようとも、
子どもにとってそれがいい、
と思えば臆せずに保護者にも意見する、
そんな姿勢にずっと好感を持っていた
私だったのですが、

この時のこの言葉は、
ずっとなかなか取れない棘のように、
私の心のなかに刺さったままになっていました。

今になって、そのページを
読み返してみてはじめて、
その理由がわかった気がしました。


ママが完全に除去食にしないと、
たとえ少量でも症状は悪くなってしまうそうです。


どうしてそんなひどいことを言うの?

だって、完全に除去してたんだよ?

本当に、必死でやってたんだよ?


当時はきび味噌、きび醤油を使い、
調味料レベルの小麦も除去していたので、
なにかお惣菜を買ってきて食べる、
というようなことは不可能でした。

下に置けば泣き出し、自らの頬を
かきむしる子どもをかかえながら、
それでも買ってきた食べ物に
頼るわけにはいかないので、
仕事から帰宅すると、
子どもを抱きながら、
あるいはおんぶしながら、
慌てふためいて煮物を作ったりしていました。

子どもは家に帰れば
おなかがすいて待てないので、
朝は朝食を作るのと一緒に、
夕飯用の幼児食も鍋に準備して
あたためるだけにしておき、
同時にあまった分をお弁当につめて、
職場で食べたりしていました。

卵、小麦の完全除去。

それさえがんばっていれば、
きっとこのひどい肌状態から
抜け出せるのだと信じていました。

あんまり一生懸命に、
あたりまえのように除去を続けていたので、

「やめちゃったら?」

「完全にミルクにした方がいいかもしれません」

そんな言葉の奥に、
「完全に除去なんてできないでしょ?」と
私自身の除去生活を疑う意味が
含まれているということにすら、
当時は気がつかなかった。
気づくだけの余裕がなかった。

「やめちゃう」となにかいいことあるのかな?

「完全にミルクにする」とどうしていいんだろう?

思いつくかぎり完全に除去していましたので、
どうしてやめると「いいこと」があるのか
理解することができなかった。

完全に除去しているんだから、
母乳を続けようと、やめようと、
症状には関係ないんじゃないの?

それとも、今は食べていなくても、
これまで何十年と食べ続けてきた母体からは
なにかしら影響が及んでしまうと、
そこまで考えたうえで出てきた言葉なのかしら?


卵・小麦の完全除去、無理ですか?


医療機関や、保育園では、そう考えるのかな?

アレルギーっ子の母親にとってはどうでしょう?

無理ですか?

私の子どもがかゆがって、
真っ赤で皮膚さえなくなった顔を
必死でかきむしっているんです。

あの、傷んだ皮膚をかきむしる音を聞くくらいなら、
除去なんてそんなに大変なものじゃありません。

そう思ってあたりまえのように
除去を行っているお母さんは
少なくはないことでしょう。

思いつくだけのことは、
できるかぎりの努力でやっているんです。
でも、よくならない・・・

もしアドバイスをいただけるのなら、
今、私がやっていることを疑うのではなくて、
これ以上、なにをどうがんばったら
子どもが苦しまずにすむのか、
それを教えてください。

これ以上、なにをどうしてやれば
この子を救ってやれるのか?
ゆっくりと眠らせてあげられるのか?
それを教えてください。


でも・・・


実際には、断乳してみてはじめて、
授乳のための除去が自分にとって
どれほど大きなストレスになっていたのか、
思い知らされたような気がしました。

食べるものがなにもない、
というストレスもさることながら、
息子の頬の赤い湖の面積が広がるたびに、
自分の食生活を思い返しては
「なにが悪かったのだろう?」
と途方に暮れる・・・、その繰り返しが
とても大きな負担になっていたのだと、
断乳してはじめて気づかされ、
肩の荷が下りた思いがしました。

授乳をやめたことにより、
症状が悪化した時にも、
離乳食で食べさせたものだけに集中して
原因を探せばよくなったので、
ずいぶん負担が軽くなりました。

人間って、こんなふうに、
大変な状況のなかにあっては、
自分がどれだけ「大変か」ということを
冷静に判断する力さえ
失っているものなのかもしれません。

きっと、この頃

「大変ですね」

と言われても、私は笑って

「大丈夫です」

と答えただろうし、
実際大丈夫だ、と思っていたのです。

でも、今にして振り返ってみると、
全然大丈夫なんかじゃない。
かなり、危ない状態だったと思います。

かなり追いつめられ、
自分の「大変さ」さえも
冷静に判断できない状態だったので、
「なにが原因でこうなっているのか」を
冷静に考えて突き止める力など、
到底残っていなかったように思います。

「大変だ」と認めること。

「苦しい」と口にすること。

それを弱音を吐くことだ、
と否定的な捉え方をせず、
自分の心を守るために必要なことなのだと考え、
意識的に認めていくことはとても重要なこと。

今さらだけれど、そんなふうに思ったりしています。


アトピーはそう簡単には治らないようです。
体調や精神的なものが大きく影響しますから・・・。


保育士さんのこの言葉も、けっこう刺さりました。

簡単には治らないってなに?
まだ0歳なのに、もう、そう決まっているの?
この子はこれから先ずっと、
それを背負っていかなくてはいけないの?

そもそもうちの子はアトピーなの?
アトピーってなに?
どこからがアトピーで、
どこまでならそうじゃないの?
なにをもって治ったと判断するの?


精神的なものが大きく影響する?


私、なにか息子にひどいことしてるのかな?

かさぶたが、傷も治らないまま
くずれちゃうのは精神的なものが影響してるの?

毎日、除去食に追われてバタバタしてるのがよくないの?

忙しいのも笑顔の裏にかくして、
息子にはポーカーフェイスで微笑みかけなきゃいけないの?


自分としては、泣いてばかりいる息子を
なんとかして笑わせようとして、必死だったんです。


抱きながら、
たくさん、たくさん、子守唄を歌いました。

息子自身はギャンギャン泣き続けているばかりで、
聞いているはずもない子守唄・・・


なんとか、この歌が終わるまでがんばろう。

この歌が終わるまでにはきっと寝てくれる。

きっと、この歌が終わるまでには・・・。


そう思いながら、
何曲も、何曲も、夜通し
体を揺すりながら息子を抱いていました。


でも今にして思えば・・・


私は下の子のなっちには、
ほとんど子守唄を歌ったことがないのです。

そんなものなくても、
彼女は安心しきった笑顔で
あっさりと眠ってしまうのです。
たぶん、それがアレルギーのない、
ふつうの赤ちゃんの日常なのです。


確かに私は、
息子にひどいことをしていたのかもしれません。


やがて8ヶ月に入り、
息子の状態はさらに悪化の一途をたどります。

SHE CAN RUN !!! ~その7 前編~

なっち、7ヶ月も後半となりました。

いまだに6キロにも届かない
発育不良少女なっちではありますが、
桶谷通いをはじめてからというもの、
ようやく横ばいだった体重も上向きに。

かなり成長曲線からはずり落ちているものの、
一生懸命追いかけてはいるので、
とりあえずはこのまま様子見、
ということになりました。




まだ粉ミルクは開缶していません。


いいかげん飲ませてみたら?
どうせもうすぐ職場復帰したら
飲ませなきゃいけないんだし、
と自分でも思いはするのですが、
これはもう完全に長男の時のトラウマなのでしょう。


粉ミルク、なんか怖くて。


そんなわけで、
1回の量が少ない分は
回数でかせげ、というわけで
現在は約2時間おきの授乳を続行中です。

すでに8~10キロ級になっている
同じ月齢の子のママなどには、

「ええ~~っ、2時間おき?うちなんか
夜の8時に粉ミルク飲んだら朝まで起きないよ~!」

などと驚かれてしまったりするわけなのですが、

ところがどっこい、
2時間おきに夜中起こされても、
ほとんど苦にならない自分がいます。


赤ちゃんって、どうやって寝るんでしょう?


長男は、絶対抱っこしなければ寝ない子でした。


なので、赤ちゃんってみんな
抱っこしなければ寝ないんだって
思いこんでました。

トントンと布団の上からたたくと寝る、
なんて聞いてもとても信じられなかった。

抱っこでなければ寝ないのが、
2歳を過ぎるまでずっと続いていました。

ところが下の子のなっち、

なんにもしなくても授乳し終わるとコテン、
と寝てしまったりするのです!

こ、こんな楽な赤ちゃんもいるのか!?

まさしく目からウロコです。
長男の時の苦労はいったいなんだったのか。

特に深夜などは、まわりが真っ暗だと、
飲み終わるやス~ッと
眠りに入ってしまうことが多いので、
2時間おきの授乳といっても
ほとんど負担に感じません。

ほぼ1ヶ月おきに書き続けている
この「SHE CAN RUN !!!」

下の子なっちの成長を記録しつつ、同じ頃の
長男の様子を振り返って書いているのですが、
7ヶ月というのは、生後からずっと湿疹に
悩まされ続けてきた長男ぺっちが、
さらに坂を下り始めた時期にあたります。

4ヶ月から保育園に預けていたので、
手元に園との連絡帳が残っており、
それを頼りに記憶をたどっているのですが、
この頃から、家での様子を記した
タイムテーブルのなかで、
夜の睡眠を示す部分に、ウトウト、あるいは
グズグズ、と書かれた波線が増えてきます。

抱っこしてもなかなか寝つけなかった時。
夜中にかゆくて目を覚まし、それきり
泣きわめいて眠れなくなってしまった時。
そんな時に書くようにしていた
波線の数がだんだんと増え、
その線の長さもだんだんと伸びていきました。

赤ちゃんって、抱っこしなくても眠い時には
寝てしまったりするものらしいけれど、
私の息子はつねにかゆみに苦しんでいて、
寝る前に体温が上がれば
かゆくて泣きわめいていたので、
抱っこしなくても赤ちゃんが寝ることがあるなんて、
下の子が生まれるまで知らなかったのです。

抱っこしなければ寝ないというか・・・

抱っこしても、泣いてばかりいる赤ちゃんでした。

でも、泣いているのを
放っておくわけにいかないから、
真っ赤にただれた頬をかきむしろうとする
手をおさえつけながら必死で抱っこする。


この頃、保育士さんが連絡帳に書いてくれた言葉・・・


泣くのがクセのようになってしまっていますが、
かゆくない時は「泣かなくていいよ」と
落ちつかせて、安心させてあげたいと思います


読んだ時には、その意味が
私にはよくわかりませんでした。

赤ちゃんて、みんなこんなもので、
起きている時は泣いてばかりいるものと
思っていたんです。

抱っこしてもなかなか泣きやまずに、
必死で暴れながらなにかを訴えかけているのも、
「どの赤ちゃんもこんなものなんだろう」と思い、
深く考えようとはしなかったのです。

けれど、多くの赤ちゃんを見ている保育士さんには、
息子がほかの子に比べていつも泣いていること。

いつもかゆい状態にあったため、
「泣くのがクセのように」
なってしまっていることが
ちゃんとわかっていたのでしょう。

自分の子どものことなのに、
下の子ができて
「こんなにも泣かない」
「こんなにもあっさりと寝ついてしまう」
赤ちゃんもいるのだ、と知るまでは、
息子がそんなにも苦しんでいたことに
気づくことすらできなかった、
そんな母親でした。

SHE CAN RUN !!! ~その6 後編 不良少女と呼ばれて~

さて、閑話休題、
後編は6ヶ月ベビーのなっちの現在進行形。

表題を見て

伊藤麻衣子?モナリザ!?

と思ったそこのあなた、間違いなく同年代です。




なっち、6ヶ月の終わりに
6ヵ月健診に行ってきました。

ええ、そうです。
少しでも体重を増やしてから、と思い
6ヶ月の終わりまで引っぱりました。

さて、計測します。



体重5380g。



う、ヤバッ・・・・・・。



成長曲線から外れるどころか、
見事にすべり落ちています。

3ヶ月健診でもかなり落っこちてはいたものの、

「まあ、これから徐々に追いついてくればね」

と鷹揚に言っていた医師もさすがに渋い顔。

徐々に追いつくどころか、
完全に引きはなされています。


「上の子が乳アレルギーがひどいので
できれば母乳でいきたかったんですけど・・・」


「母乳でいきたいんですけど」と、
さすがにもう言えなかった気の弱い母。

「母乳でいきたかった」←な、なぜか過去形!


「一卵性双生児だって同じアレルギーが
出るわけじゃないんだから、
ふつうに粉ミルクで大丈夫ですよ」

「そうでしょうか・・・」


乳アレ出たら責任取ってくれるのか~!?
と内心思いながらも表向き、超弱気・・・。


「まあできるだけ飲んでもらうようにして」

「がんばってください」


いつもながら、あんまり事を大げさにして
騒がないのがこの先生のいいところ・・・。

誤食させようが、体重がまるで増えなかろうが、
とりあえずあまり患者を責めるようなことは言いません。

「いっぱい飲ませてね~」とにこやかに送り出され、
うちに帰って母子手帳を眺めてみると・・・


栄養状態 → やせている

離乳食の進み方 → 順調でない (←全然食べません)

総合判定 → 問題あり(発育不良)



なに~~~っ!
発育不良だとー!?



くっそ~、ニコニコしながら
こんなこと書いてやがったのか~!



しくしく、そうか、なっち、
君はとうとう不良少女か・・・。

高い高いをしてあげると
ニマ~ッっと微笑むゴキゲンなっち。

こんなに可愛いわが子が

「金出せよ~!」

「ババァ!」

とすごんで、壁を蹴るようになるなんて・・・
いや、違う、そうじゃなくて。

ともあれ、成長曲線から大きく下回ったところで
見事な横ばいを続けるなっちの曲線・・・

はい。そうです。
確かに不良少女です。すいません。


で、さっそく粉ミルクを買ってきた。



・・・ってするべきだよな~、ふつう。



ああ、いかん。
前編、後編通して、とにかく
医者の言うことをきかないイヤ~な患者ですね、私。

はい。そうです。
私が不良ママです。すいません。


不良ママがさっそくやったこと。



いまさらながら、
桶谷デビューしてきました。←遅いっ!



ちょっと小さい声で言いますね。




私、貧乳なんです。




いや、大きさと母乳の出は関係ないのでしょうが、
私の場合、乳も小さきゃ出も悪い!

出も悪くて差し乳。

ごめんね、なっち。
子どもが非行に走るのはやはり親が原因ね~。

出も悪くて差し乳ということは、
あまり乳腺炎などには縁がないというわけで、
「な~んか出てないのかなあ?」
とは思いつつも、さしせまった痛みなどもないだけに、
母乳相談に踏み切るほどには切羽つまることもなく、
自己流できてしまったというのがこれまでのところ。


「もっと欲しがって泣いたりしませんか?」


医師にも聞かれましたが、正直よくわかりません。

10分ほど両方のおっぱいから飲むと、
自分から「ふう~、おなかいっぱい♪」
という感じで口を放してしまう・・・。

あまりもっと欲しい!というふうには見えないし、
足りなくて不機嫌、ということもないような・・・。

2人目のなっち、
なんせ比較する対象が、食物アレルギーと
それによる皮膚の疾患のためかつねに機嫌が悪く、
飲ませようがあやそうが抱っこしようが、
つねに泣きっぱなし、グズリっぱなしだった
長男ぺっちなもので、
それに比べたら天使のようにご機嫌、
としか言いようがありません・・・。

で、ここまで自己流のまま母乳オンリーで
きてしまったわけなのですが、
さすがに体重少なすぎ、これ以上
手をこまねいていたら虐待ってものでしょう・・・。


「さみしいな~。いや~、さみしいです!」


とは、桶谷の先生談。

わたくしの貧乳、大きさのみならず、
出の方も相当さみしい状態になっている模様・・・。


「母乳の子はね~、昼間は1時間から
1時間半おきくらいで飲ませちゃっていいんですよ」


なっち、これまでは昼夜問わず3~4時間おき。

それでも、粉ミルクと混合の、
つねに6~7時間あいちゃう、なんて子に
比べたらずいぶんがんばってるつもりだったのですが、
どうやら考え甘かったらしい。


「1回に飲めない分、回数で稼ぎたいよね~」


というわけで、現在約2時間おきで奮闘中・・・。


「6ヶ月にもなったら、
もう指しゃぶりはやめさせなきゃ!」


なっち、めっちゃ指しゃぶります。

さみしい時も、おなかがすいた時も、
自分で指をしゃぶりながら
自然と寝ついてしまったりして
自己完結してくれちゃうので親はとても楽・・・

なのでつい、
しゃぶるままにさせてきてしまいましたが、
やはりどこかでツケは回ってくるものらしい。

なんでも指をしゃぶっているうちに、
飲んだような気になってしまうこともあるらしく、
そんなわけで、なっち、指しゃぶり禁止令です。

指しゃぶりを妨害してギャンギャン泣かせつつ、
2時間おきにガンガン飲ませまくり・・・

ふつう、桶谷通いは1ヶ月おきらしいのですが、
枯渇寸前のわたくしは1週間おきに通うことに。

次回、またしても成長曲線横ばいだったら
さすがにいよいよ混合デビューかな、というところ。

アレルギーが出ることをなにより恐れていた
2人目育児ではありますが、
アレルギーを恐れるあまり、
本筋で道を誤ってはなんにもならない。

はたして、不良少女なっちの運命やいかに!?

以下、7ヶ月編に続きます・・・

SHE CAN RUN !!! ~その6 前編~

月日のたつのは早いもので、
4月生まれのなっち、
あっという間に6ヶ月も後半となりました。

6ヶ月の頃、長男ぺっちが
どんな様子だったかといえば・・・



保育園に入園して3ヶ月目、
この頃は体調をこわして
熱ばかり出していました。

6ヶ月を過ぎると
母体からの免疫がきかなくなるから、
というのはよく聞く話ですが、
それにしても、毎週毎週、
週末になると微熱が出てくるという
状態が1ヶ月以上続いた、
あれはいったいなんだったのか・・・。

熱が出たり下がったりなので、
ようやくはじめた離乳食も
再開してはまた中止、
というのを繰り返していました。

肌の状態は相変わらず改善する様子もなく・・・。

耳の横と両頬が赤く、じくじくした
状態が続いていました。


「赤ちゃんの肌ってすべすべじゃないんです」

「乳児湿疹は誰にでも出ますから」

「2~3ヶ月で脂漏性湿疹は治ります」


そんな気休めはもう通用しない。
明らかにこれは、誰もがかかる疾患ではなく、
自分の子に特有ななにかなのだ、
と認めざるを得ない段階にきていました。

血液検査の結果から、
母親が卵と小麦を除去し始めたものの、
(検査の結果、数値がゼロだった
乳は除去していません)
一向に肌状態に変化がないため、
医師の言うことにも
かなり疑心暗鬼になっていた頃です。

保育園にお迎えに行くと、
上のクラスの子に

「この子どうしてほっぺが赤いの~?」

「火傷しちゃったの~?」

などと無邪気に聞かれたりして、

「アレルギーだからなんだよー」

と答えながら、園児たちのすべすべな
ほっぺを見るにつけ、どうしてうちの子だけが・・・
と思わずにはいられませんでした。

職場で「今が一番可愛い時期よね」
などと言われても、
とても素直にうなずく気にはなれませんでした。


薬に関しては、2軒目のアレルギー科で
ステロイドをもらってはいたものの、
まだ塗る決心がつかず、
保湿剤のみを朝晩に塗布していました。


「かわいそうだから、まずは薬でいい状態に
持っていってあげることにしましょう」

「使い方を間違えなければ怖い薬じゃないですから」


両親とも、多少のアレルギー性鼻炎、
花粉症はあるものの、
ステロイドを必要とするほどの
皮膚炎は経験がなかったため、
ステロイド、と言われても
実際にどういうものなのかは
まったく見当がつきません。

ただ、年代的に、友人のなかには
アトピー性皮膚炎に悩む人も少なくはないので、
そうすると
「ステロイドはやめた方がいい」
「使ったあとが痒いのであまり使いたくない」
などという言葉も耳に入ってきます。

そして、実際ネットで調べたりしてみると、
怖い話ばかりがぞろぞろと出てくるのが
このステロイドという薬・・・。
賛否両論ある薬なだけに、
「使ってよかった」とは書きにくいせいなのか、
とかく否定的な話ばかりが飛びかっています。


「症状がよくなったらだんだんと量を減らせばいい」

「慢性的に使わなければ副作用の心配はしなくていい」


慢性的になってはよくないというけれど、
自分の子が慢性的にならないという保証はどこにもない。

これだけの期間、これくらい使えば治る、
という確証もないのに使って大丈夫なのだろうか?

すぐにやめれば大丈夫。
1度使い始めたら、
急に使用を中止するのはかえってよくない。
リバウンドに要注意。

ああ、なんだかこれってまるで、
一度だけ、と思って使い始めるとやめられなくなる
「薬やめますか?それとも人間やめますか」
っていう違法なお薬みたいじゃないの。


「もし、必要な薬があれば遠慮なく言ってください」


当時通っていた保育園は大変よくしてくださり、
薬の塗布に関しても非常に寛大で、
子どもに必要なものなら面倒を厭わずに
引き受けてくれる方針でした。


けれどこの時はまだ決心がつかなかった。


最初に受診したアレルギー科の、
「ステロイド使いたくないでしょう?」
という言葉に、まだ望みをつないでいました。

除去もはじめたことだし、
明日にも症状がよくなってくるかもしれない。
このかさぶたが取れたら、
今度こそちゃんとした肌が戻ってくるにちがいない。

お迎えに行って息子の顔を見るたびに、
朝に送り出した時よりも
よくなっていることを期待するも、
朝には確かにあったはずの
かさぶたが跡形もなく消え、
真っ赤に膿んだ状態に戻っていることの繰り返し・・・


そんなふうに、毎日、毎日、
明日こそは、明日こそは、と願い続け・・・



結果的には日ごとに症状が悪化していった。



それが、6ヶ月の頃のぺっちの状況でした。

SHE CAN RUN !!! ~その5~

なっち、あっという間に5ヶ月も後半です。

離乳食、始めました。

上がアレルギーっ子だったし、
できるだけゆっくりと・・・と思っていましたが、
4月までの予定だった育児休業、
少し早めに2月くらいから復帰するかもしれないので、
そうなると人にまかせる前に
自分の手でアレルギーの有無を確かめておきたい・・・

5ヶ月も過ぎたことだし、
そうのんびりともしていられない、
そう思ってだんだんと離乳食を進めています。

はじめはアクの強くない野菜1種類のスープから。
(大根、にんじん、かぶ、白菜など)
今はゆきひかりの10倍がゆに挑戦中。

いや~離乳食って難しいですね。
考えてみたら、長男の時は4ヶ月から
保育園で保母さんにまかせきり。
一からア~ンさせるのは初体験なのでした(~ ~;

ちなみに離乳食の進め方について、
かかりつけ医からはくわしい指導がないので、
久々にこんな本を引っぱりだしてきました。


アレルギーっ子の生活百科―環境汚染からみたアレルギーとのつきあい方


百科と銘打つだけあって、
必要な時に必要なところを読むのが精一杯、
読破は困難なボリュームの本ですが、
今回はじめて離乳食の項を見てみると、
さすが角田先生です。
ちゃんと詳細な指示が載っているのだった。

時々違うページに目がいっては、
耳の痛いお言葉に
「はい、すみません!油摂りません!
明日からは和食にします!」
と本に向かって頭を下げている私です・・・。


さて、SHE CAN RUN !!! 恒例、
その頃のぺっちについても
書いておきたいと思います。

長男ぺっち、5ヶ月・・・。

4月から保育園に通いはじめ、
5月には5ヶ月を迎えたぺっち。
園長先生の勧めで
母も卵を除去するようになったものの、
肌状態は一向によくなりません。

当時は最寄り駅から電車で園まで
送り迎えをしていたのですが、
この頃から、ぺっちが車内で泣き出すたびに、

「わぁ、あの子かわいそう」

と、肌状態を乗客みんながチラリと見ては
内心そう呟いているような気がして、
いたたまれない気持ちがしたものです。

けれど、この頃はまだ、


あともう少し我慢すれば治るはず。


今だけの辛抱。そのうちきっと、
誰もがかわいい!といってくれるような
お肌がつるつるの赤ちゃんになるはず!


と、根拠もなく信じていました。


搾乳する、といっても限りがあるので、
日中、預けている時は、冷凍母乳に加え、
だんだんと粉ミルク(E赤ちゃん)の
比重も増えてきました。

5ヶ月になり、アレルギーっ子は
離乳食を急がずに、とはいうものの
そろそろゆっくりと進めていきましょう、
ということで、保育園からは
アレルギーの検査をして
なにを除去したらいいのか教えてください
と指示されました。


それまで通っていたアレルギー科は
血液検査はしない方針、
ステロイドもあまり出しません。

さてどうしようか、と思いましたが
全然よくならないぺっちの症状に一喜一憂、
かなり精神的にもまいってきた頃だったので、
思いきって別のアレルギー科を
受診してみることにしました。


「これはかわいそうに」


今度の病院の医師は、開口一番そう言いました。

そして処方されたのが
ネオメドールEE軟膏とリンデロンVG軟膏。
顔にはネオメドール、体にはリンデロンを、
との指示でした。

ステロイドは怖くない、
まずは皮膚状態をよくしてから、
と説明を受け、それから血液検査のために
採血をすることになりました。

この病院では、乳児の採血の場合

「お預かりします」

と看護婦さんが子どもを連れていき、
親は待合室で待つという流れ。

診察室から聞こえてくる子どもの泣き声を
ただ聞いて待っているだけ、
というのが切なくてたまらなくて、
ずいぶんと時間が長く感じたのをよく覚えています。

最初の血液検査の結果は次のようなものでした。

2003年6月
アレルゲン名スコア成績
ハウスダスト0.07UA
卵白6.02UA
ミルク0.16UA
小麦2.98UA
大豆0.02UA
卵黄1.02UA
鶏肉0.02UA
チーズ0.11UA
オボムコイド5.75UA




保育園の勧めで除去していた卵に加え、
母乳のために今度は小麦も除去することになりました。

なるほど小麦ね、と考えて
はじめに思いついたのはうどん。

それから、もしかしてパスタも?
小麦粉の揚げ物もダメだよね。
パンもダメ、天ぷらもダメ、
シュウマイも餃子も・・・。

だんだんと、これは大変なことだぞ、
と思いはじめました。

醤油、味噌も特別なものを
使わなければならないとわかった時には
正直、途方に暮れました。

けれど、アレルギーっ子のお母さんは
みなさんそうだと思うのですが、
それが子どものためだと思えば、
「うわあ、勘弁して」と口では言いながらも
「除去なんてやなこった」という
考えは浮かびさえしないのが
本当のところではないでしょうか?

それから、もらったステロイドを
どうするかということ・・・。


かなり、悩みました。


結論からいって、この時はまだ
ステロイドを使用しませんでした。

「ステロイド、使いたくないでしょ?」
と言って保湿剤だけを処方してくれる医師と

「とりあえず早く治してあげて」
とステロイドを勧める医師。

最初の先生が
「もうこれはダメだ」と言わないのだから、
まだ使わなくてもなんとかなるのでは?
そう思おうとしたのです。


けれど、なんとかなるなんて、
そんな簡単なものじゃなかったんです。


ステロイドに関しては
このあともずっと悩みはつきませんでした。

卵、小麦を必死で除去しはじめても
なかなか事態が好転しなかった
6ヶ月以降については、
また次回に書きたいと思います。


なっち、5ヶ月。
湿疹ひとつなく、自分の体を
自分で必死で掻きむしるなんてこととは
無縁のなっちの子育ては、
長男ぺっちの時と比べると
嘘のように楽なものです。

とはいえ、長男の時に受けた
トラウマは強いというか・・・

ほんの少しでもプチン、とした
ふくらみを見つけると
「まさか米!?」とハラハラしてしまうし、
5ヶ月でアレルギー反応が出なくても、
6ヶ月、1歳、3歳になって出るかもしれない、
などと考えずにはいられません。

せっかくぺっちのおかげで
さまざまな食材に関して知識が深くなっているので、
これからも慎重に離乳食を
進めていきたいと思っています。

でも、いまだに6キロにならないなっち。
同じ頃に生まれた子が8キロも過ぎて
豆腐(ええ~~っ!)とかバナナ(ひえ~~っ!)
とかガンガン食べてると聞くと
焦っちゃったりもします~~(= =;



Appendix

プロフィール

eri

Author: eri
アレルギーっ子の母やってます。
♥長男ぺっち♥
2002年12月生まれ
乳・小麦・卵にアレルギーあり。
検査数値のわりに
反応が強いタイプ。

♥長女なっち♥
2006年4月生まれ
アレルギー検査結果、
軒並みスコアゼロ!
このままアレルギーに
縁のない生活を送れるのか!?

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