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YOU CAN RUN ! の秘密 ~その8~

検査の結果、特に異常は認められませんでした、
3回生理がきたら次の妊娠をしてもかまいません。

術後に先生からそう告げられた時から
私のリベンジがはじまりました。

不妊治療をしなければ
妊娠しないと思っていたのに妊娠した。
前回の流産は母体が原因ではなく
たまたま運が悪かった。

だったらもう一度がんばってみよう、
そう思いました。

人って欲張りですよね。
子どもはひとり授かっただけでも望外の幸運。
夜、ふと隣に目をやると、
わが子の安らかな寝顔がそこにある。
これ以上の幸福はない、
そう思っていたくせに、今はさらにその先を望んでいる。

けれどやはり、不妊期間が長かっただけに、
もし妊娠自体が可能であるのならば、
もう一度チャレンジしてみたかったのです。

流産は、精神的にかなりの打撃を
こうむる出来事ではありますが、
それでも不妊の長かった私にとっては、
不妊よりは流産の方がまだ闘いやすいと思えたのです。

あの長くて先の見えない不妊治療を続けてこれたのに、
これが闘えないはずがない。
この程度のことで負けてしまったら、
育つことのできなかった子どもと、
受精できなかったたくさんの卵たちに申しわけない。

不妊は出口が見えません。
原因だって、絶対にこれ、と特定できるわけではありません。

それでいて出口に「出る」時には、
なんの前触れも科学的実証もなく

「妊娠していますね」

ときたりする。

正直、まともな神経をしていたら
おかしくなってしまいそうなくらい
アンフェアな闘いだと思います。

流産なら、
仮にもし万が一、
次もそういうことになったとしても、
自分の体に負担がかかるだけですむ。
そう思いました。

長男を保育園に迎えに行くと、
顔見知りのお母さんたちと一緒になります。
保育園という場所に身を置いてみると、
少子化、少子化と叫ばれているのが嘘のように、
2人、3人と子どもを育てている
お母さんがたくさんいらっしゃいます。
2人目の子が保育園にお世話になっている、あるいは、
上の子が通っていてさらに今次の子を妊娠中、
といった方が非常に多い。

1度目の出産を果たすまでは、
妊婦さんや乳幼児の姿を見かけると
チクンと胸が痛むのを感じずにいられなかった私ですが、
2人目の子に関しては、
はじめから高望みと思う気持ちがあったせいか、
保育園のお迎えでおなかの大きくなったお母さんと
お話しする時にも、胸が痛むことはありませんでした。

むしろ、妊娠、出産というものが
時にはどんなに困難を伴うものかということを
知っているからこそ、どうか健やかに、
と願う気持ちが強くなりましたし、
人の子でも、やはり子どもはかわいいです。

40代で既婚の、
子どものいらっしゃらない保母さんがいました。
園で出している冊子のなかで、
欲しかったけれどとうとう授からなかった、けれど、
毎日園でたくさんの子どもに囲まれているので幸せです、
ということをさらりと書いてらっしゃったので、
私も長いこと治療していたんですと伝えようかと思いましたが、
たまたま運よく1回ゴールしたものが
そんなふうに言ったところでなんの意味があるだろうと思い、
告げずじまいになりました。

ある時、その保母さんはいない席でのことだったのですが

「~~先生は2人のお子さんをお持ちなだけあって
母親側の気持ちをすごくよくわかってくれるので・・・」

というようなことを
なんの気なく園長先生に話したことがあります。

すると、その方がいない席だったにもかかわらず
園長先生は

「でも、子どもがいるから子どもの気持ちがわかるって
わけじゃないんですよ。むしろ、いないのにわかる方が
素晴らしいんだって、いつも私はそう言ってるんですよ」

即座にそうおっしゃいました。

そうです。

確かにそのとおりです。

私たちは、ひとりの子どもがこの世に生まれるということが、
時にはどれほどの困難を伴うかということを知っているからこそ、
すべての子どもに幸あれと、心から願うことができるのです。

けれど、そういって笑顔で
妊婦や乳幼児の姿を見守ることができるようになるまでに、
人はどれだけその胸から血の涙を流すことでしょうか・・・


→「YOU CAN RUN ! の秘密 ~その9~」へ



YOU CAN RUN ! の秘密 ~その7~

子宮内容除去の手術は、
それほど苦痛なものではありませんでした。

もっともそれは、私が経産婦であり、
不妊治療が長かったこともあって
内診台にも慣れっこになっているせいかもしれません。
なんせ通院期間が長いので先生やスタッフに対する
信頼感も強く、不安はほとんど感じませんでした。

もしこれがはじめての妊娠で、
喜んだとたんにどん底に突き落とされ、
未来のない手術のために
慣れない内診台にあがらなければいけないのだとしたら、
さぞかし辛いことと思います。

自然流産は全妊娠の約10~15%にのぼるといわれています。
早期流産の原因は不明のことが多いですが、
胎児側に問題があることがほとんどであると言われています。

胎児側に問題があるとは言われても、
どうしても母親というのは自分を責めてしまいがちです。
また、経験がなければ知ることもないでしょうから、
「流産=なにか無理をしたのでは」
という見方をする人が多いのも事実です。

なんの問題もなく妊娠、出産した人と比べて
なにひとつ落ち度があるわけでもないのに、
多くの女性が、ただ不運なためだけに
大きな精神的な打撃と肉体的な苦痛をこうむるハメに陥る、
それが流産です。

さいわい麻酔の効きもよかったので、
目が覚めた時にはすべてが終わっていました。

手術後しばらくベッドで休んでいると、
隣のベッドにいる若い女の子は、
おそらく私と同じ掻爬手術を受けたのだと思うのですが、
痛みがひどいらしく

「いた~い、いた~い」

とつぶやき続けていました。

同じ掻爬手術でも、育つ力のない赤ちゃん
(あるいは受胎の生成物)を除去するのに比べ、
育とうとしている赤ちゃんを掻爬するのは
母体に与えるダメージも大きいのだそうです。

婦人科というのは不思議なところで、
看護婦さんの気配りが徹底しているので、
ほかの患者さんがなんのために通院しているのかは
まったくわかりませんが、
実に多くの若い女性が定期的に通院してらっしゃる一方で、
ときたま、きまり悪そうにした男の子と一緒に、
はじめて来院した、という様子の
これまたきまり悪そうにした女の子を見かけることがあります。

自分とは違った用件で来院した方に対しては
特にこれといった感情もないのですが、
診療している先生や看護婦さんにとってみれば、
冷静な表情の裏で思うところも多いだろうなあ、
と想像してしまいます。

あたりまえですけど、
「できなくて苦労している人もいるのに」
なんて思ったりはしません。

「できない人の分もできたことに感謝してほしい」?

冗談じゃありません。

人の事情はそれぞれなので、
あまり一般論で批判的にはなりたくないのですが、
せっかく妊娠した子どもを「産まない」選択を考える女性が
「できたことに感謝して」産んでくださったとしても、
私自身はうれしくもなんともありません。
どうでもいいです。

私が欲しいのは、
ほかでもない私自身の赤ちゃんなのですから。

いたい、いたい、とつぶやき続けていた彼女も、
夕方には落ちついたのか、しっかりと自分の足で立って
ひとりで帰っていきました。

うまくいってもいかなくても、
妊娠、出産というのは女性の側にかかる負担が大きいですね。

すべての女性の、子どもにまつわる願いがかないますように、
と心から祈らずにはいられません。


→「YOU CAN RUN ! の秘密 ~その8~」へ


YOU CAN RUN ! の秘密 ~その6~

産んであげられなくてごめんね。
でも、あなたにこうして会えて本当によかった。

まさかこんなことになるとは思わなかったので、
身内や親しい人には、すでに妊娠を報告していました。

この時も傑作だったのは私の母で、
流産を告げると、まず第一声がこの一言。

「早く今回のことは忘れて、また次にがんばればいいよ!」

母自身も2人目の子どもを10ヶ月にして死産した経験があるので、
それなのにそういう言い方するかね~という感じなのですが、
この時はさすがに呆れてしまい、
怒る気にもなれず、冷静に母を諭してしまいました。

「あのさー、私はいまこの子をなくしたことが悲しいんだから、
この場合、一緒になって悲しんでくれた方がいいんじゃない?
ダメとわかってすぐに次なんて言ったらこの子がかわいそうだよ」

確かにいつまでも悲しみを引きずっていても仕方ないし、
未来に目を向けさせよう、という
心遣いからきた言葉なのでしょう。

「また次があるわよ」

「まだ若いんだし」(そうでもないんですけどね)

実際、そのように言って慰めてくれる方は多いし、
私自身も自分に経験がなかったらそんなふうに言うかもしれない。

職場のアルバイトをお願いしている方で、
私の両親よりも少し若いくらいの、
とても気の優しい女性がいるのですが、
この時流産を報告したなかで、
一番私を慰めてくれたのが彼女の言葉でした。

「ほんとうに?ほんとうにもうダメなの?」

「ほんとうに?私、楽しみにしてたのに!」

「残念ねえ、ほんとうにもうダメなの?かわいそうに・・・」

彼女が私の手を取ってそう言いながら涙ぐんでくれた時、
私自身もじーん、ときてしまいました。

私自身が思っているのとまるで同じことを彼女が口にして、
私の気持ちに同調してくれたことが、私を慰めてくれたのです。

女性にとっては、受精卵が着床したとわかった時から、
それはもうただの細胞のかたまりではなく、
自分の子どもなのです。

誰かが亡くなった時には
「ご愁傷様です」
「このたびは残念でしたね」
そんなふうに声をかけるのではないかと思います。
まさかそこで「また次があるわよ」という人はいないでしょう。

女性にとっては、どんなに初期の流産であっても、
それは大事な子どもの死にほかならないのです。

だからどうか、すぐに「次」なんて言わないでください。
「人」として認められることさえなく消えてしまった
命のことを、ともに悼んであげてください。

立ち直らなければいけないのはわかっています。
いやでもその時がくれば、
なにごともなかったかのように日常のなかに戻っていくのです。
だからこそ今だけは、
育つことのできなかったこの子のことを、
この世の中を目にすることさえなく、
人の形になることさえなく消えてしまった命のことを、
心の底から悲しんであげたいのです。

この先の人生で、もし、ものすごい幸運に恵まれて
もう一度出産することがあったとしても、
私はその子を2人目の子どもとは呼ばないでしょう。
私にとっては、ほかでもないこの子が、
2人目のかけがえのないわが子なのです。


産んであげられなくてごめんね。
でも、あなたにこうして会えて本当によかった。


もしなにか大きな出血があったら、
検査をしたいので可能であれば持ってきてください
と指示されていたので、
トイレから拾い上げたものをそっとタッパウェアに入れ、
穴が開くほど見つめ、泣けるだけ泣ききってから
一緒に病院へ向かいました。

肝心のその子がもう外に出てきてしまっていたので、
診断を聞く時にはもうすっかり冷静さが戻ってきていました。

この子はもうダメなんだ。
でも、あんなにゆっくりとお別れをさせてくれて、
なんて親孝行ないい子なんだろう。

受精卵はすでに出てはいたものの、
一応、子宮内容除去の手術を受けることになりました。
手術のために心電図を取るので別室へ行った時、
気になっていたことを看護婦さんに聞いてみました。

先生に渡したあの子はどうなるんだろう?
検査して、それからただの細胞のかたまりとして
どこかに捨てられてしまうのかしら?

「あの、さっきお渡ししたものなんですが・・・」

私の子どもは、と聞くわけにもいかず
「さっきお渡ししたもの」と口にした瞬間、
人として扱ってもらうことさえできない
わが子があまりにも不憫に思え、
別室だった安心感もあったのか、
またどっと涙があふれてきて止まらなくなってしまいました。

「先生がきちんと検査してくださいますから」

「どうぞ、ごゆっくりしていってください」

そっと席をはずしてくれた看護婦さんの
気遣いには心から感謝しています。


→「YOU CAN RUN ! の秘密 ~その7~」へ




YOU CAN RUN ! の秘密 ~その5~

2回目の妊娠がわかったものの、
週数にしては受精卵が小さすぎるとのこと・・・

2度目に通院した時、先生は首をひねり

「もう一度見てだめだったら手術をしましょう」

とおっしゃいました。

長いことこの病院に通っているけれど、
まだここでは泣いたことはなかった。
病院をかわる時、
帰り道では泣けてしまったけれど、
病院のなかでは泣かなかった。
でもこの時はじめて、泣きたい気持ちになりました。

まだわからない。

もしかしたら来週までにぐんぐん大きくなって
元気なところを見せてくれるかもしれない。
だって、この子は確かにここにいるんだもの、
育てないなんて、そんなはずない。

けれど、私も一児の母です。
長男を妊娠した時の超音波の映像と比べると、
今回の映像が正常でないのは見ただけで明らかです。
元気に脈打っているはずの心拍の映像が、
どこにも見当たらないのです。

なにが悪かったのだろう?
もう少し安静に、無理をしなければよかった?
初期の流産のほとんどは胎児側に問題がある
ということを本で読んで知りながらも、
自分を責めることを止められませんでした。

妊娠がわかった時、計算した予定日。
だとしたら星座はこのへんかな~
私との相性はどうかしら?
産まれたら、育休中の長男の保育園はどうしよう?
想像した未来の数だけ、胸の痛みが増していきます。

3度目の診断・・・
それでダメだったらあきらめるしかない。
けれども、あきらめきれない気持ちでいっぱいだった。
だって、あれだけ妊娠できなかった私が
自然に妊娠できたというのに、
その子どもが育たないなんてそんなのってあり?

やっとの思いで1人目を出産し、それだけでもう、
それ以上の幸福はないと思っていたはずだったのに、
一度夢を見てしまったら、
もうその夢を手放せなくなっていました。

2人の子どもと手をつないで歩く夢・・・
あたかも実現するかのように思ってしまっただけに、
それを失くしてしまうことはひどい痛手のように思えました。

子どもを保育園に送り出し、
よし、病院に出かけようとしたその時でした。
まるで破水した時のように、
ドロッとなにかが体から流れ出してくるのを感じました。

トイレに入って、体から流れ出た、
長さにして10cmちょっとの血のかたまりを
しばらく呆然と眺めていました。

それから大事にそれをそっと拾いあげ、
声をあげて、文字どおりわんわんと泣きました。

私の子どもになるはずだったものがそこにありました。


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YOU CAN RUN ! の秘密 ~その4~

はじめて婦人科を受診した時から
子宮筋腫があることがわかっていましたし、
プロラクチンの値が高く、ずっとその値を下げるための
薬を飲んでいたりしたもので、自分は通院していない限り
妊娠することはない体なのだと信じこんでいました。

仕事を続けていることもあり、
育児と仕事の両立のなかに
通院という予定を組み込むのはとても無理。
また、一応子どもは天からの授かりものなのだし、
1人目は努力に努力を重ねて産んだけれども、
授からない以上、2人目まではとても望むまい・・・

子どもはひとり授かっただけで望外の幸運。
2人目などまったく考えてもいなかったので、
育児用品だって、使い終わるやいなや
人にあげてしまいました。

そんな心境だったので、息子が1歳半になった頃に
生理がやけに遅れていることに気づいた時も、
当然のことながら「まさかそれはあるまい」と
考えていました。

思えば長い通院生活の末に
ようやく出産を成し遂げたものの、
最初に通っていた病院にはお礼もしていません。
私が出口の見えない不妊治療を
なんとか続けてこられたのは、
あの病院の通いやすい雰囲気があってこそのことでした。

遅れてはいるけどまさかね。
自然に妊娠なんて、私にかぎってあるわけないし。
だからまさかそれは絶対にありえない。
今日はお礼に行くだけだから。

自分にそう言い聞かせながら、菓子折りを持って
久しぶりに最初に通った婦人科を訪ねてみました。

そして、妊娠を告げられました。


うれしかった。


だって、できることならばこの病院で、
この先生の口からその言葉を聞いてみたかったから。

「ありがとうございます!ずっとこちらに通っていたので、
ここで妊娠の診断をしていただけるなんて本当にうれしいです!」

けれどこの時、賢明な先生はやはり
「おめでとうございます」とは言いませんでした。

「週数にしてはちょっと小さめですね」

冷静に告げられたその一言・・・
けれども不妊が長かった私にとっては、
妊娠できるかどうかがすべて。
その時にはまだ、あまりその言葉の意味を深く
考えてみることはしなかったのです。

→「YOU CAN RUN ! の秘密 ~その5~」へ







Appendix

プロフィール

eri

Author: eri
アレルギーっ子の母やってます。
♥長男ぺっち♥
2002年12月生まれ
乳・小麦・卵にアレルギーあり。
検査数値のわりに
反応が強いタイプ。

♥長女なっち♥
2006年4月生まれ
アレルギー検査結果、
軒並みスコアゼロ!
このままアレルギーに
縁のない生活を送れるのか!?

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